約 949,715 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8369.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十四話 最終戦争の一端 赤色火焔怪獣 バニラ 青色発泡怪獣 アボラス 岩石怪獣 ネルドラント 毒ガス怪獣 エリガル 古代暴獣 ゴルメデ 噴煙怪獣 ボルケラー 透明怪獣 ゴルバゴス 登場! 古代遺跡から発掘されたカプセルから蘇った、怪獣バニラ。 才人とルイズはウルトラマンAへと変身し、これを迎え撃った。 しかし、強靭な肉体とメタリウム光線をも防ぐ火焔を持つバニラの前に、エースはエネルギーを使い果たして倒れてしまう。 バニラの吐き出す火焔に包まれるウルトラマンA。 この、悪魔のような大怪獣を倒す方法は、はたしてあるのだろうか…… 「うわぁぁっ……」 バニラの火焔が作り出した山火事の中に、ウルトラマンAは沈んでいった。 かつて、ミュー帝国の街を蹂躙したであろう紅蓮の業火と同じ炎の中が、容赦なくエースを焼き尽くそうと燃え盛る。 このままでは、確実に死んでしまう。エネルギーが尽きかけたエースは、最後の手段をとった。 「ヌゥゥ……デュワッ!」 横たわるエースが、腕を胸の前でクロスさせ、大きく開いた瞬間、エースの体が白色に輝いた。 ちかちかと、光は燃え尽きる前のろうそくの炎のようにエースを包んでまたたく。そして、最後にわずかにまばゆく 発光したかと思われた瞬間、エースの姿は炎の中に溶けるように消えてしまった。 怪獣バニラは、勝利の雄叫びをあげるとくるりときびすを返した。燃え盛る森を背にして、いずこかの方角に去っていく。 後には、轟音をあげて燃え盛る森と、炎から逃げ惑う鳥や動物の悲鳴だけが残される。 ウルトラマンAは、死んでしまったのだろうか……? いや、そんなことはない。エースが倒された場所から、数十メートル離れた森の中に才人とルイズが横たわっていた。 あの瞬間、エースは残された最後の力を使って、変身解除と同時に二人をわずかな距離ながらテレポートさせて 炎から救っていたのだった。 しかし、バニラの起こした山火事の勢いはなおも衰えず、二人の倒れている場所にも次第に迫ってきた。 雨はなおも降り続いているが、炎はそれに反抗しているがごとく天高く黒煙をあげ、二人を狙ってくる。 生木を枯れ木同然に焼き、下草を燃やしながら炎は獲物を狙う蛇のようにうごめき、とうとう二人は火災の 中に取り残されてしまった。 業火の中、死んでしまったかのように、ぴくりとも動かず横たわる二人。 飲み込まれれば、人間など骨も残さず焼き尽くされてしまうだろう。 だがそのとき、炎から一つの影が浮き出るように現れ、その異形のシルエットを二人にかぶせていった。 一方そのころ。まだ異変の発生を知るよしもないトリスタニア。 遺跡を飛び立ってから、およそ二時間後。王宮において、アンリエッタに謁見したエレオノールは、 自身を呼び出したアンリエッタ王女から、耳を疑う知らせを受けていた。 「ルイズが伝説の虚無の系統? そんな、信じられませんわ」 単刀直入にアンリエッタの口から語られた真実を、エレオノールは最初信じようとはしなかった。しかし、 軍の正式な報告書に記された、想像を絶する魔法の炸裂と、水晶に浮かび上がったその映像。そして、 冗談などでは決してない、真剣な表情のアンリエッタの説明が、エレオノールに曲げようのない事実を 突きつけていた。 「信じられないのは無理もありません。わたくしも、今日まで虚無とはなかばおとぎ話だと思っていました。 ですが、現実はこのとおりであり証拠も揃っています。わたくしも考えましたが、ルイズの姉であり 優秀な学者であるあなたしか信用できる人はいないのです。どうか、信じていただけないでしょうか」 「ちょ、ちょっと待っていただけませんか! ルイズが、あのちびルイズが虚無? あの、あの……」 普段の彼女の凛々しさからは考えられないほど、エレオノールは狼狽していた。もはや、仕事中に 呼び出された不満も吹き飛び、頭の中は許容量を超えてしまった情報で混沌と化している。その末に、 目眩を起こして倒れかけたところへ、慌てたアンリエッタに抱きとめられた。 「エレオノールさま、大丈夫ですか!? お気を確かに」 「はっ! こ、これは無礼をばいたしました。どうか、平にご容赦くださいませ」 どうにか正気を取り戻したエレオノールは、謁見の間での失態に顔を赤くして謝罪した。 普段冷静な彼女だが、頭がいいことが災いして、自分の知識の及ばない出来事が起こると脳がフリーズ してしまうようだ。平謝りし、どうにか気を取り直したエレオノールは、頭の中で聞かされた事柄をまとめると、 自分に言い聞かせるようにアンリエッタに向かって復唱していった。 「……つまりは、ルイズがこれまで魔法が使えなかったのは、その系統が虚無ゆえで、あの子には聖地を エルフから取り戻すという使命が与えられたというのですね?」 「祈祷書に記されたとおりなら、そのとおりです」 「馬鹿げてるわ! 始祖ですらできず、数千年に渡って負け続けてきたエルフとルイズが戦わなければ ならないですって!? 悪い冗談にもほどがありますわ。姫さま、まさか貴女はルイズを旗手に聖地奪還の 戦を再開なさろうとしているのでありませんでしょうね? もし、そんな愚考をしておられるようなら!」 「落ち着いてください! まだ、そうなると決まったわけではありませんわ。ルイズの意思は確認しましたし、 わたくしも彼女に聖地を奪還させようなどと考えてはおりませぬ」 つかみ掛かってきそうなくらいいきり立つエレオノールを、アンリエッタはたじたじになりながらも必死に抑えた。 ルイズとともに、ヴァリエール家との付き合いは長く、エレオノールとも小さいころから何度も会っているが、 この気性の強さと迫力はいまだになかなか慣れない。 「はあ、はあ……申し訳ありませぬ。わたくしといたしたことが取り乱してしまいました」 「いえ、ご家族の人生に関わることです。怒られて当然ですわ。ともかく、この事実を知っているのは、 ルイズの友人数人とわたくしと、お姉さまのほかにはおりませぬ。しかし、虚無の存在を知れば、 今おっしゃられたとおりに悪用しようともくろむ輩も出てくるでしょう。実際に……」 シェフィールドと名乗る謎の人物に狙われていることを語ると、エレオノールは再び怒りをあらわにした。 けれど、アンリエッタから「ことがことだけに、わたくしも表立って助けることができません」と、苦悩を 告げられ、敵からルイズを守るためには虚無の謎を解き明かさねばならず、信用できて且つそれができるのは 貴女しかおりませんと頼まれると、自分の肩にかけられた荷の重大さを悟った。 「わかりました。微力ながらお引き受けいたしましょう」 「ありがとうございます、エレオノールさま」 「いえ、いくら出来の悪いとはいえ、妹のことを他人にはまかせられませんわ。わたくしを頼っていただけたことに、 こちらこそ感謝いたします」 二人は手を取り合って、それぞれ感謝の言葉を述べ合った。 「さあ、では具体的な話に入りましょう。指令をいただけても、今のままでは自由に動けませんわ」 それから二人は、これからのエレオノールの権限などについて話を進めていった。現在、アカデミーの研究員、 学院の臨時教諭と掛け持ちをしているが、これに虚無の調査も加えたらとてもではないが身が持たない。 だが、話がまとまらないうちに、突然謁見の間の扉があいさつもなしに開かれた。 「何事です?」 あらかじめ、ここには呼ぶまで誰も入れるなと人払いをしていたはず。なのに何か? まさか、今の話を 盗み聞きされたのではと二人が振り向くと、なんとずぶ濡れの騎士が蒼白の表情で駆け込んできた。 「ほ、報告……トリスタニア東方、三十リーグの森林地帯に……あ、赤い怪獣が出現。迎え撃ったウルトラマンを 倒して、トリスタニア方面に進行中」 「なんですって! ウルトラマンを、倒して!?」 想像もしていなかった報告に、アンリエッタは愕然とした。彼は、ミイラを追っていた魔法アカデミーの騎士の 一人だった。あのときミイラに撃ち込まれた『ライトニング・クラウド』によってバニラが復活し、その猛威から 命からがら逃げ延びた彼は、すべてを見た後でここまで駆けてきたのだった。 「怪獣は、あと数時間でトリスタニアまで到達するでしょう。は、早く手を……うぁ」 騎士は、息も絶え絶えの状態で、絞り出すようにそう報告すると倒れた。 「しっかり! 誰か、誰か!」 気を失った騎士にアンリエッタが駆け寄り、呼び起こしながら侍従を呼んで医者を手配させた。すぐに 宮廷の従医が呼ばれ、彼を担架に乗せて運んでいく。さらに、怪獣が接近していることが明らかになったので、 直ちに迎撃の準備を命ずる。今のトリスタニアは、結婚式典のために大勢の人間がやってきている。 市街地への侵入を許したら大惨事になるのは必然だ。 そしてエレオノールは、報告を持って来たのが魔法アカデミーの雇い騎士だったこと。現れたのが、 赤い怪獣だという内容から、一つの仮説を導き出し、全身の血が引いていく音を聞いていた。 「しまった……ヴァレリー!」 様々な思惑と錯誤、謎と現実が交差しながら、時の流れは残酷にその歩みを止めない。 場所を戻し、激しい戦いのおこなわれたあの森に舞台は返る。 一時は天にも届くほどの勢いで燃え盛っていた山火事も、天からの恵みには屈服し、炭と化した木々が 薄い煙のみを吐いている。その一隅の、雨を避けられるある場所に、才人とルイズは並べて寝かされていた。 「う、ぅぅ……」 かすかなうめきと、吐息が二人がまだ生きていることを如実に示している。しかし、怪獣バニラとの戦いで 大きなダメージを受けた二人は、いまだ無意識の世界……暗く、生暖かい不思議な空間の中をさまよっていた。 ”おれは……いったいどうしたんだろう” 浮いているような脱力感と、激しい疲労から襲ってくる眠気に耐えながら、才人の意識はただよいながら考えていた。 そこは、ぼんやりとものを考えることはできるけれども、体を動かすことはできない。例えて言うならば、 春の日差しの中でうたたねしているみたいな、夢と現実のはざまのような世界。そこで、夏の波打ち際に 体を預けているような心地よい感覚に、才人は身を任せていた。 「おれは……いったいどうしたんだろう」 もう一度、才人は同じことを思った。いや、もしかしたら一度だけでなく何度も同じことを考えていたのかもしれない。 現実感のない世界で、才人にできるのは考えることだけだった。いや、起きようと頭では思うのだけれども、 意識が現実に覚醒することがない。疲労で深い眠りについているというよりも、なにかの力で夢の世界に 閉じ込められているような、そんな気さえする。 ここは、強いて言うなら変身している際に、三人で意識を共有している精神世界と似ているような気もする。 しかし、エースなら不必要に二人の心に干渉するわけはない。ならば何故? と思っても、それを考えるだけの 思考力は得られない。 ふと、才人はこの精神世界の中に自分以外の誰かがいる気配を感じた。とはいえ、すぐに相手のほうから 呼びかけてきたから、確認する手間ははぶけた。 「サイト?」 「ルイズか?」 不思議なことに、二人とも意識がはっきりとしていないのに、相手の存在だけははっきりと理解することができた。 それが、自分たちが肉体と意識を共有しているかはわからないけれど、二人にとってはどうでもよかった。 寄り添うように手と手を重ねると、二人は安心したように力を抜いた。 互いのことを感じあえるところにいることで、緊張を失った二人の心は無意識のさらに深くへと沈んでいく。 ところが、閉じ行く意識の中で、才人とルイズの目の前に突如現れたものがあった。 「あれ、は……?」 ぽつりと、唐突に現れたそれを、二人は閉じかけた心のまぶたを開いて見た。沈んでいく水底のような世界の中で、 海底に沈んだ一粒の真珠のように、小さな、しかしはっきりとした光がはげますように二人の前に現れていた。 「なにかしら、きれい……」 消えかけた意識の中で、ルイズは自然に光に手を伸ばしていた。あの光からは、どこか懐かしいような、 どこかで見たようなそんな不思議な感覚がする。さらに、才人の意識もルイズにひきずられるように、二人は 手を握り合い、いっしょになって落ちていった。 「深い……サイト、わたしたちどこまで沈んでいくの」 「心配するな。どこまでだって、おれがお前についていってやる」 自分たち以外に誰もいない世界で、才人ははげますようにルイズの手を握った。 ひたすら、深く、深く。二人の心は沈んでいく。 光は、どれほどの深さがあるのか知れない深淵の底から、しだいに輝きを強めていく。 もうすぐ見える……期待と不安とが入り混じる。二人は、まもなく到達するであろう精神世界の最深部で、 何かの正体を見極めようと目を凝らす。そして、輝きを放っていたものがなんであるかに気がついたとき、 同時にそれの名前をつぶやいていた。 「始祖の……祈祷書?」 見間違えるはずもなく、それは始祖の祈祷書そのものだった。表紙の汚れも、破れ具合もすべて見覚えがある。 そして、祈祷書が間近にまで見えるようになったとき、ルイズの脳裏に不思議な声が響いた。 「呼んでる……」 「ルイズどうした? 呼んでるって、誰が?」 「わからない。けど、祈祷書がわたしを呼んでるの」 自分でも不可思議なことを言っているとはわかっている。夢の中だとしても、おかしいといわざるをえない。 でも、聞こえたことを否定する気にはならなかった。低い、おちついた大人の声で「来い」と言われた。 聞き覚えはないけれど、どこか懐かしいようなそんな声……わからないけれど、祈祷書を持てば、その答えが わかるような気がする。 「サイト……」 「お前の好きにしろ。どうしようと、おれはそれでいい」 わずかなためらいを、才人の言葉でぬぐい払うと、ルイズは祈祷書に手を伸ばした。触れたとたん、指先から まばゆい光があふれて二人を包み込んでいく。 「わあっ!?」 あまりのまぶしさに、二人は思わず目をつぶろうとした。しかし、ここは精神世界であるから、まぶたはあるようで 実は存在しない。光はさえぎるものなく二人の世界を白一色に染め上げ、やがて唐突に消えるとともに、 二人の目の前がさあっと開けた。 「これは……砂漠?」 突然現れた風景に、二人は周囲を見渡しながらつぶやいた。 今、二人は広大な砂漠地帯を見渡す空の上に浮かんでいた。 しかし、吹きすさぶ風も照りつける熱射の熱さも感じることはない。どうやら、自分たちはこの場所では幽霊の ようなものであるらしいと当たりをつけると、才人はルイズに尋ねた。 「ルイズ、ハルケギニアにこんな砂漠があるのか?」 「いえ、ハルケギニアに砂漠なんてないわ……いいえ、正確にはハルケギニアにはないけれど、そのはるかな 東方の世界には、サハラと呼ばれる大砂漠地帯があるはず。ここは、多分」 タバサまではいなかくても、様々な史書を読み漁ったルイズの知識の中でも、このような光景は他には 考えられなかった。サハラ……聖地に通じる、エルフの住まう場所。数千年の長きに渡って、聖地を奪還 せんものとする人間とエルフの果てしない抗争の続いた地。 はてしなく広がる砂の地には、人の影ひとつ、虫一匹の姿すら存在せず、ただ砂丘と吹き荒れる砂嵐のみが 擬似的な生命のように動き回っている。まさにこれは死の世界と呼ぶにふさわしい光景。 無の世界に戦慄する二人の見ている中で、景色は急速に流れ出した。砂漠をどんどん超え、地平線の かなたへと景色が進んでいく。まるでジェット機から地上を見下ろしているかのようだ。 やがて、砂漠が途切れて緑の山や平原が見えてくる。ここがサハラだったとすると、あれが恐らくは ハルケギニアか? ルイズはハルケギニア全土の地図を思い出し、サハラに隣接する場所に当たりをつけた。 「きっと、あれはガリアのどこかよ。人間とエルフは、ガリアの東端を国境線にしているの」 ルイズの説明に、才人もなるほどとうなづいた。二人の見下ろす先で景色はさらに流れ、砂漠から 草原や山岳地帯へと入っていく。このまま進めば、どこかの町も見えてくるだろう。そう二人は考えた。 しかし、結果からすれば、二人の思ったとおりに町……人の住んでいるところはすぐに見えてきた。 ただし、それは二人の想像していたものとは似ても似つかない形で現れたのである。 「サイト! ま、町が」 「怪獣に襲われている!?」 凄惨としかいえない光景が二人の前に広がった。 町が……いや、町だったと思われるところが怪獣によって破壊されていた。それも、一匹や二匹ではない。 少なく見ても五匹以上の怪獣が、せいぜい人口千人くらいの町を蹂躙している。 火炎や熱線が建物を炎上させ、元の町の姿はもう見受けることはできない。当然、人間の姿もどこにも見えない。 「ひどい……」 「くっ! こんなことになってるのに、この国はなにをやってるんだ!」 思わず怒鳴った才人の声も虚しく、二人の体はどんどんと流されていく。山を、川を飛び越えて山麓に 広がる次の町が見えてくる。赤い炎と黒い煙とともに。 「ここでもっ!? 怪獣が」 その町も、同じように怪獣によって蹂躙されていた。ざっと見るところ、街を破壊しているのは二匹、 全身が岩のようになっているのは透明怪獣ゴルバゴス。口から火炎弾を吐いて街を焼いている。 ドリルのような鋭い鼻先を持っているのは噴煙怪獣ボルケラー。口から爆発性イエローガスを吐き、 街の建物をけり壊している。 町は先程の町と同じように業火に覆われ、元の姿をうかがい知ることはできない。 けれど、ここでは先の町とは明らかに違う点があった。町は無人ではなく、まだ大勢の人間がいた。 ただし彼らは炎や怪獣から逃げるでもなく、その手には槍や剣、それに杖があった。彼らは二つの陣営に 分かれて、それぞれが相手に武器を向け合っている。 「戦争をしてやがる……」 それしか考えられる答えはなかった。そこにいる人間たちは、全身を覆う分厚い鉄の鎧に身を固め、 武器をふるい、魔法をぶつけあって互いを倒して炎の中へと放り込んでいく。目を覆いたくなるような、 大規模な凄惨な殺し合いの風景。それは、戦争と呼ぶ以外に表現する術はない。 だが、怪獣が暴れているというのに人々はそれには目もくれずに、ひたすら戦い続けている。そういえば、 ゴルバゴスやボルケラーは町は壊すものの、地上で戦う人間たちには目もくれていない。いや、そうではない と才人は二匹の行動を見て思った。 「怪獣たちも戦っている、のか」 町の惨状に幻惑されていたが、両者は確かに戦っていた。火炎弾やイエローガスの撃ち合いだけでなく、 ゴルバゴスの岩のような腕がボルケラーを打ち据え、負けじとボルケラーも風の音のような鳴き声をあげて、 巨大なハサミ状になった腕でゴルバゴスを締め付ける。 その怪獣同士の激闘は、町をさらに無残な状況へと変えていく。 「あいつら、やりたい放題じゃない」 「ああ……だけどなんであの二匹が……ハルケギニアだとはいえ、あれらは戦うようなやつらじゃないのに」 才人は、普通なら戦うことになるはずのない二匹が戦っていることに、大きな違和感を感じていた。 ゴルバゴスは山中に潜み、体を擬態して獲物を待つ怪獣。対してボルケラーは火山地帯に生息し、 大半は地底にいる怪獣、生息地が大きく違う上に、どちらも人里に下りてくるような怪獣ではないのだ。 「ねえサイト、あの怪獣たちの後ろにいるやつら、何かしら?」 「え? なんだ……あいつら」 ルイズに言われて目を凝らした才人は困惑した。二匹の怪獣の、それぞれ後ろに一人ずつ人間が立っていた。 そいつらは、戦っている人間たちが鎧兜などの重装備をしているのに対して、まるで休日の街中を散歩する ような軽装で、怪獣に向かってなにやら手振りしているように見える。 「もしかして、怪獣を操っているのか……?」 「まさか! 人間にそんなことができるわけが……」 ない! と言い切れない事例をこれまでに二人は嫌というほど目にしてきていた。よくよく見てみれば、 声は聞こえないものの、軽装の人間は兵士たちに向かってなにやら指示をしているようにも観察できる。 ならばあれが指揮官かということは容易に連想することができた。 しかし、怪獣を操って戦争の道具にするなどと、そんな恐ろしいことを……いや、宇宙人が地球を攻撃する ための手段として怪獣を使うのは、誰もが知っている常套手段である。ならば当然、兵器としての怪獣同士での 戦争などは、地球以外の星からしてみれば当たり前のことなのかもしれない。 ただ、状況は奇異につきた。あの、怪獣を操っているものが人間であれ宇宙人かなにかであるにせよ、 人間の軍隊までも率いて戦争している理由がわからない。怪獣どうしの戦闘のすぐ横で、槍や剣を使った ”普通”の戦争がおこなわれているアンバランスさ。それに、ルイズも確認してみたのだが、兵士たちは トリステインはおろか、アルビオン、ガリア、ゲルマニアのどの軍隊とも装備が違っていた。少なくとも、 今のハルケギニアの兵士は竜騎士など一部の例外を除いて、全身鎧などという化け物じみた装備を使わない。 目の前で起きていることの答えを見つけられぬまま、二人はさらに空を流されていった。飛びゆく先の空は、 夕焼けを悪意の色で塗りなおしたかのような、凶悪な赤で染まっている。それを見下ろせる空にたどり着いたとき、 不安と恐怖を編みこんだ予測の刺繍絵は、現実と極めて近い形で眼前に姿を現したのである。 「ここでも、あそこでも……なんなのよこれ。どうしてどこでもここでも殺し合いをしてるのよ!」 「暴れまわってる怪獣の数も尋常じゃねえ。それに、あれは人間じゃないな」 信じられないことに、戦いは人間や怪獣ばかりではなかった。 ある場所では、翼人の一団とコボルドの群れが。またある場所ではミノタウロスとオークの群れが斧を ぶつけあい、火竜がワイバーンや風竜と空戦をおこなっているところもある。 「自然の秩序にしたがって生きているはずの亜人まで……でたらめじゃない」 しかし、二人がこれが序の口に過ぎないことを知るのはこれからだった。 空を飛び、ゆく先々の町や村はすべて怪獣に襲われるか、襲われた後の廃墟として二人の目の前に現れた。 それだけではなく、移動する先々の山々や森林も焼き払われ、ひどいところでは砂漠化しているところまである。 そのどこでも、圧倒的な破壊がおこなわれた後……もしくは、それをおこなっている最中の破壊者の姿がある。 人間、エルフ、翼人、獣人、幻獣、怪獣……そして、それらを統率している正体不明の人間たち。 この世界のどこにも、平和はなかった。 「違う……これは、わたしの知ってるハルケギニアじゃないわ」 愕然とするルイズの言うとおり、どこまで飛ぼうとも、いくら戦場後を乗り越えようとも破壊の跡が視界から 消えることはなかった。それどころか、進むほどに戦火は激しくなり、まるで地上すべてがフライパンの上の 肉のように煮えたぎっているかのようにも思える。 空の上には翼人やドラゴンが、地上には人間の軍勢や亜人、そして怪獣たちが無秩序に暴れている。 いったいなんのために戦っているのか、それすらもわからない。 唖然とする二人。と、そのとき二人の耳に聞きなれた低い声が響いた。 「やれやれ……とうとう見ちまったか」 「その声は!」 「デルフか! お前、どこにいるんだ!?」 唐突に響いたデルフリンガーの声に、反射的に周りを見渡す二人。しかし、あの無骨な大剣の姿はなく、声だけが どこからともなく聞こえてくる。 「落ち着け、お前ら。いいか、今お前らは祈祷書に記録されているビジョンを見せられてるんだ。そこは、 かつて俺が生まれた世界……六千年前のハルケギニアだ」 「な……なんだって」 「この荒廃した世界が」 続く声もなかった。この、破壊と混沌にあふれた世界が、あの平和で美しいハルケギニアだとは。 絶句する二人の耳に、重く沈んだ様子のデルフの声が少しずつ入ってくる。 「ふぅ……嫌なこと、思い出しちまったなあ。ブリミルのやつめ、遺品にいろいろ細工してたのは知ってたけど、 よもやこんな仕掛けを祈祷書に残してたとは気づかなかったぜ」 「デルフ、もっとわかるように説明してくれよ」 「ああ、すまねえな。要するに、これは祈祷書に記録されていた過去のビジョンが、お前らの頭の中に投影 されてる光景らしい。六千年前、この世界は見ての通りに、いくつもの勢力が戦争を繰り広げていた。 今でも、エルフとかのあいだではシャイターンとかヴァリヤーグとか、そのときの勢力の名前のいくつかが 語り継がれているらしい。いや、これはもう戦争と呼べる代物じゃなかったな。人間にエルフ……世界中の、 あらゆる生き物を巻き込んだ、際限のないつぶしあいだった」 「いったい、なんでそんな無茶苦茶なことに……」 愕然とする才人の質問に、デルフはすぐに答えなかった。 「すまねえ、まだそこまで記憶が戻ってねえんだ」 いつになく沈んだデルフの答えに、才人とルイズは頭に血を登らせかけたものを押し下げた。六千年分の 記憶と一言にいえば簡単だけれど、それは地層の奥深くに沈んだ化石を掘り返すようなものだろう。 一気に掘り返そうとすれば、デルフが持たないかもしれない。発掘は、赤子の肌を拭くように慎重に 時間をかけなくてはならない。 「わかった。じゃあ、あの怪獣を操ってる連中はなんなんだ?」 いっぺんに聞くのをあきらめた才人は、とりあえず一番気になっていることを尋ねた。 「あれが、この戦いの元凶さ。エルフに悪魔と呼ばれてるのは、あの連中のことだ。あいつらは、この世界に 元々いた怪獣や、どっかから探してきた怪獣なんかを武器にして戦争やってたんだ。ちょうど、今のメイジが 戦争で使い魔を利用するみたいにな」 「怪獣を、兵器に……」 恐ろしい想像が当たっていたことを、才人は喜ぶ気にはもちろんならなかった。 地球人も、怪獣を兵器にという構想はすでにマケット怪獣で実用化の域にある。しかしそれを人間どうしの 戦争に利用しようなどとは考えられもしない。そんな愚かな時代は、かつて核兵器の脅威によって人類絶滅の 危機におびえた前世紀で充分すぎる。 「まあ、コントロールできなくて暴れるにまかせるしかなかったのも少なからずいたらしいが、この混乱の中じゃあ 些細なことだったろうな」 「いったい何者なんだ? 怪獣を操るなんて、並の人間にできるわけないだろう」 「わからねえ……いや、思い出せないんじゃなくて本当に知らねえんだ。俺が作られたのは、連中が現れてから しばらく経ってからのことらしいからな。ただ、なにかしらすさまじい力を誇っていたのだけは確かだ」 デルフの説明は、後半は余計だった。怪獣を操る時点で、手段はともかく常人のそれではない。 現在、二人の見下ろす先にいる怪獣は三匹、いずれも才人の知るところではない姿をしている。 一体は、全身を乾いた岩の色をした二足歩行の恐竜型怪獣。体はごつごつとしていていかついが、 顔つきはどこか柔和なものが感じられる。これは、才人の故郷とは違う地球で岩石怪獣ネルドラントと呼ばれている、 ゴモラなどと同じく古代恐竜の生き残りといわれている怪獣。 もう一体は、同じく二足歩行型で、顔の形がどことなくカンガルーに似ている怪獣。これも、毒ガス怪獣エリガルと 呼ばれてる種類の怪獣で、肩の部分にそのガスの噴出孔がフジツボのようについている。 最後の一体は、ここにキュルケかタバサがいたならば、その姿に記憶のページから同じしおりを選んでいただろう。 古代暴獣ゴルメデ……才人とルイズの知らないところ。エギンハイム村で、翼人たちの伝説に残されていた あの怪獣がそこにいた。 三体の怪獣は、ほかの怪獣たちと同じように、何者かのコントロールを受け、目に付く木々を踏み潰しながら 前進していく。本来ならば彼らにも意思があり、こんな戦いに加わるはずはない。才人とルイズは、道具として 操られている怪獣たちに、一抹の同情を胸に覚えると、デルフに問いかけた。 「なにがしたいのか知らないけど、ひどいことをしやがる」 「わたしは、戦いは名誉や国……なにかを守るためにするものだと教えられてきたわ。けど、この戦いには なにも感じられない。ただ戦うために戦ってるみたい。ねえ、この戦いの結末はどうなったの? いったい 誰が勝ち残ったっていうの?」 「誰も、残らなかったのさ」 「えっ!? うわっ!」 ぽつりと、恐ろしいことをつぶやいたデルフの言葉が終わると同時に、二人の視界をまばゆい光が照らした。 太陽ではない。まして、戦闘の戦火でもない。不可思議な極彩色の光に、二人がおそるおそる目を開けてみると、 そこには幻想的な光景が広がっていた。 「虹……? きれい……」 思わず口から出た言葉のとおり、空には虹色の光が溢れていた。しかし、それは虹などではなく、よく見たら 虹色をした蛍のような小さな光が、雲のような集合体をなしているものだった。 「くるぞ……この戦いを混沌に変えた。本当の悪魔が」 デルフの言ったその瞬間、虹色の雲から光の塊が地上に向かっていくつも降り注いだ。 「なんだっ!?」 それは、虹色の雲から流星が落ちたように地上からは見えたことだろう。流れ星は、まるでそれ自体に 意思があるかのようにネルドラント、エリガル、ゴルメデに吸い込まれていった。 「どうしたっていうのよ……えっ! なに!?」 「ただの戦争だったら、それが一番よかったかもしれねえ。けど、戦いの混沌につけこむように奴らは突然現れた。 そしてこれが、終わりの始まりになったんだ」 淡々と話すデルフの言葉を、才人とルイズは驚愕の眼差しの中で聞いていた。 夢の世界の中で、始祖の祈祷書が語ろうとしている歴史は、まだ先があるようだった。 だが、時を同じくした頃、魔法アカデミーではエレオノールが予感した最悪の事態が起ころうとしていた。 エレオノールに依頼され、ヴァレリーは青い液体の入ったカプセルの開封作業に入った。助手は、先日 アカデミーに入った中ルクシャナという新人研究員。性格的に少々調子のよすぎる感はあるが、入学以来 様々な分野で目覚しい実績を上げている彼女を、ヴァレリーは迷うことなくパートナーにすえた。 「ヴァレリー先輩、私に折り入っての仕事って何ですか? 先輩からご指名されるくらいですから、さぞや 重要な研究なんでしょうね!」 最初から期待に胸を躍らせた様子のルクシャナに、ヴァレリーは苦笑すると同時に頼もしさも覚えた。 彼女は若いくせに、自分やエレオノールに輪をかけた学者バカな気質なようで、男性研究者の誘いも 一つ残らず断って、毎日新しい発見があるたびに目を輝かせている。 「先日、あなたといっしょに遺跡で発掘した青い液体のカプセルがあるでしょう。あれの開封作業に入るわ。 あなたはいっしょに発掘された碑文の修復と解読を急いでちょうだい」 「ええーっ! そんなあ、どうせなら先輩のお手伝いをさせてくださいよ」 「わがまま言わないで、理由は言えないけど急ぐ仕事なのよ。それに、砕けた石碑を修復するには、 根気もそうだけど直観力も大切なの。あれが解読できたら遺跡の秘密にも一気に迫れるわ。一番頼れるのは あなたなの、引き受けてもらえるかしら」 「……わかりました。引き受けましょう」 最後には快く引き受けたルクシャナに、ヴァレリーは内心で素直ないい子だと感心した。彼女はあまり 自分のことを語りたがらないが、わずかに語ったところでは国に婚約者を待たせているらしい。きっと、 その男も彼女のそんなところに魅かれたのだろう。もっとも、それ以外の部分にはさぞ苦労させられているに 違いないが。 ルクシャナに碑文の復元を任せたヴァレリーは、さっそくカプセルの開封作業に移った。これまでの経過から、 物理的な衝撃や、『錬金』による変質も受け付けないとわかっていたので、それ以外の方法を模索する。 今までは内部の破損を恐れて、強行的な手段は避けてきたけれど、非常事態ゆえにヴァレリーは多少 強引な手段を用いてもカプセルを破壊することに決めた。 一方のルクシャナは、碑文の破片の復元作業のおこなわれている部屋にやってきていた。ここでは、 数千ピースに及ぶ石の破片を元通りにする作業が続けられている。これには、さしもの魔法も役には 立たないので、取り組んでいるのは雇われた平民が多数であった。 ルクシャナは、部屋に入るなり彼らに向かって告げた。 「これから、私が復元作業に当たることに決まったわ。あなたたちはご苦労様、ほかのところを手伝ってちょうだい」 命令を受けた平民たちは、ほっとした様子で速やかに部屋を出て行った。彼らとしても、延々と続く石くれとの 格闘には飽き飽きしていたのだ。そして、部屋が無人になったのを確かめると、ルクシャナは復元途中の石碑に 手をかざして、つぶやいた。 「蛮人はだめね。このくらいのことを、何日かかってもできないなんて。でも、私も精霊の力をこんなことに使って、 叔父様に怒られちゃいそうだけど、ね……さて、では石に眠る精霊の力よ……」 いたずらっぽく微笑んだルクシャナが呪文をつぶやくと、バラバラだった石碑の残骸が動き出し、まるで生き物の ように自然に組み合わさっていく。数分もせずに、残骸は一枚の石版の姿を取り戻し、さっそく彼女は書かれている 文字の解読に当たった。 「これは、私たちが使ってた中でも、もっとも古いとされている文字じゃない。これは興味深いわ、なになに……」 好奇心旺盛に、ルクシャナは碑文を読み上げる。 だが、読み進めるうちに彼女の顔からは急速に笑みが消え、読み終えたときには蒼白に変わっていた。 「いけない! そのカプセルを開けてはいけない!」 脱兎のように、ルクシャナは碑文の部屋を飛び出していった。 けれど運命は残酷に、破滅への秒読みを進めつつある。 「おう、ヴァレリー教授、どうやらカプセルが開けられそうですよ」 研究室で、実験台の上に置かれたカプセルに、微細なひびが入りつつあった。加えられているのは、 アカデミーの風のメイジの使用した電撃の魔法である。ヴァレリーはこれまでの実験結果から、高熱や衝撃では このカプセルには通じないと知っていたので、いくつかの可能性を吟味して電撃に賭けたのだ。 「やったわ! 成功のようね」 「おめでとうございます。ヴァレリー教授」 「ええ、これで中身の分析もできるわ。六千年も生きていたミイラの守っていたもの……もしかしたら、 本当に不老不死の妙薬かもしれない。もっとパワーを上げて、一気に砕くのよ」 期待に胸を膨らませて、ヴァレリーはひび割れゆくカプセルを見守った。エレオノールには悪いけれど、 大発見の一番乗りとして自分の名前が歴史に残るかもしれないという、むずがゆい快感もわいてくる。 ところが、ヴァレリーがさらに電撃のパワーをあげるように命令しようとしたとき、ルクシャナがドアを 蹴破らんばかりの勢いで部屋に駆け込んできたのだ。 「待ってください! そのカプセルを開けてはいけません。中のものは、悪魔なのです」 「なんですって!? 悪魔?」 ルクシャナの剣幕に驚いたヴァレリーは思わず聞き返した。そして、意味がわからないという顔をしている 彼女に、ルクシャナは震える声で説明した。 「文字の解読ができたんです。これには、こう書かれていました」 ”未来の人間に警告する。かつてこの地は大いなる災いによって滅ぼされた。 生き残った我々に残された文明も、いずれ消え去るであろう。 しかしその前に、我々は世界を破滅へと導こうとした、巨大なる悪魔たちの一端を捕らえることに成功した。 赤い悪魔の怪獣バニラ。青い悪魔の怪獣アボラス。 我々は彼らを液体に変え、防人とともにはるかなる地底の悪魔の神殿に閉じ込めた。 決してこの封印を破ってはならない。もしこの二体に再び生を与えることがあれば、人類は滅亡するであろう” 語り終わったときには、ヴァレリーもすでに顔色をなくしていた。もはや、どうしてこんなに早く解読が できたのかということなどは思考から消し飛んでいる。 「じゃあ、この液体は青いから……怪獣アボラス!」 愕然とつぶやいた瞬間、ひび割れたカプセルが卵の殻のように割れた。その傷口から、青い液体が どろりと零れ落ちる。 「しまった。遅かった……」 愕然とするヴァレリーとルクシャナの見ている前で、青い液体はどんどん広がっていく。 そして、液体から白煙があがり、流動する液体が何かの形を作りながら巨大化し始めた。 「いけない! みんな逃げてーっ!」 あらんばかりの声で叫び、ヴァレリーは出口へと駆け出した。しかし、怪獣が実体化する速度は彼女たちが 逃げ出すよりも早く、天井を突き破り、床を踏み抜いて研究塔を破壊した。 「間に合わな……きゃぁぁっ!」 ヴァレリーの足元の床が抜け、壁と天井が巨大な瓦礫と化して彼女の上へと降り注いでいった。 アカデミーの研究塔は一瞬のうちに崩れさり、中から青い体をした巨大怪獣が姿を現す。 青色発泡怪獣アボラス……その復活の雄叫びが、廃墟と化した魔法アカデミーに高々と鳴り響いた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9311.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第九十三話「傷だらけの舞踏会」 宇宙凶険怪獣ケルビム 登場 「お兄ちゃん、はい! お手紙折ったよ!」 「オッケー。じゃあ次はその手紙を封筒に入れてくれ」 ……ある日の晩、才人はルイズの部屋で、タバサとともに平民に向けた舞踏会の招待状を 支度する作業に取りかかっていた。と言っても才人はハルケギニアの文字を知らないので、 タバサが書いた例文を、意味を分からずに一枚一枚書き写しているという形を取っている。 この作業に、リシュも手伝いをしていた。 「はぁ~……それにしても、すごい量を書かなくちゃいけないんだな。この山を見ると、 改めてそう思うよ」 招待状を書いている途中で、凝った肩をグルグル回してほぐした才人が、長く息を吐きながら ぼやいた。彼の目線の先には、まだ白紙の手紙が山積みになっている。もう大分書いたはずなのだが、 この分だとまだまだ終わりそうにない。 「しかもこれだけで、学院で働いてる人たちの分だけだろ。この学院って、思ってたよりも ずっとたくさんの平民の人たちに支えられてたんだな」 学院で働く平民の多さを実感してため息を吐く才人。その言葉にタバサはうなずく。 「……それだっていうのに、平民を下に見る生徒が大勢いるだなんて。そいつら全員、一度平民に ボイコットされて、当たり前のように飯が食えるありがたみを知ればいいんだ」 珍しく苛立った様子で吐き捨てる才人に、リシュが眉を八の字にして尋ねる。 「お兄ちゃん、何か嫌なことでもあったの?」 「え? あ、ああいや、別に怒ってるとかじゃないんだ」 我に返った才人があたふたと弁解した。 「ただ、舞踏会に反対してる生徒が思いの外多くってさ……ちょっとだけ気分が参っちゃっただけだよ」 とため息交じりに語る才人であった。 反対している生徒が思いの外多い、と軽く言ったが、しかしこれが目下の大問題であった。 この反発の声は無視できないほどの大きさであり、ギーシュとモンモランシーが学院内での立場が 苦しくなって才人たちから離反してしまったほどなのだ。二人とも申し訳なさそうにしていたが、 貴族の集まる学院となると、そこでの立場が家名にも影響をもたらす。その影響を考えなくても 大丈夫なのは、ルイズやクリスのような公爵以上の貴族中の貴族クラスか、タバサのような特殊な 立ち位置くらいでないといけない。そういうことで、ギーシュたちは舞踏会賛同派にいられなく なったのである。 また、懸念していた事態も遂に起こってしまった。反対派はオスマンのところにまで苦情の 数々を向け、それを受けてオスマン直々から舞踏会の中止を勧告されているのだ。しかしオスマンは ルイズたちの努力も汲んで、次の虚無の曜日までに反対派を説得できれば舞踏会中止は取り下げる との猶予を与えてくれた。たった数日の時間の猶予だが、それでも最大限の譲歩であった。 それほどまでに反対の意見は大きいのだ。 そういうことで、どうにか舞踏会を成功させようと今もルイズとクリスが生徒たちを説得して 回っている。実際の会場の準備をしてくれているシエスタは別として、ルイズたちがこの場に いないのはそういう理由からであった。 以上の難関を振り返って眉間に皺を寄せた才人。彼の表情から何を見て取ったか、リシュは 慰めの言葉を掛けた。 「……みんなで舞踏会、出来るといいね」 「ああ……。そのためにお兄ちゃん頑張るぜ! リシュも応援しててくれな……ん?」 笑顔を作って振り返った才人だが、リシュが畳の上にコテンと横になっているのを目にして、 呆気にとられた。 「すー……すー……」 「ありゃ、寝ちゃったのか。まぁ無理もないかな。もう結構遅い時間だし」 才人は一旦ペンを置き、リシュをベッドまで運んで寝かせてあげた。 「それにしても寝つきのいい子だな。さっきまで話してたところなのに……」 独白しながら、リシュの寝顔を見つめてふとつぶやく。 「こんな安らかな寝顔をしちゃって、普段どんな夢を見てるんだろうなぁ」 リシュの見ている夢を気に掛ける才人。普段の彼なら、そんな何の実りもないことを気にしたりは しないのだが、ここ最近の自分の夢見が何だか妙なので、つい他人の夢も気にしたのであった。 最近、どうにも同じような夢を見ているのだ。目覚めた時にはおおまかにしか覚えていないが、 自分が召喚される前のように高校に通っている。それでいて、高校にはこの世界で出会った ルイズたちがいるという不思議な夢。一度や二度ならそんなこともあるだろうと気にしたりは しないが、こうも連続すると自分で自分が不思議になる。 (何か俺、心の中に溜まってるものでもあるのかな。それが夢の形で現れてるのかも……) そうも思ったが、今はそんなことよりも舞踏会の問題だ。ルイズたちが反対派を説得し、 無事に舞踏会が開催できることを信じて、今は招待状を完成させるのだ。 そう自身に言い聞かせて、才人は執筆に戻っていった。 この翌日……学院の側の森に、一人の男子生徒がやや鼻息荒くしながら分け入っていた。 この生徒は、舞踏会の反対派の中でも特に声が大きい者の一人であった。彼に引っ張られる形で 反対を表明している者もいるほどだ。たとえばこういうのがいなければ、ルイズたちも随分と楽に なるのかもしれない。 しかし貴族の子息が何故一人で森の中に入っていくのか。しかも若干興奮した様子で。 「ふふふ……とうとう僕にも春が来たんだ。もうギーシュに自慢させてばかりはさせないぞ。 今日からは僕も彼女持ちだ!」 生徒はそんなことを口走っていた。そして片手には手紙。内容は、何とラブレター。 彼は本日、少し席を外している間に自分の教科書にこのラブレターが挟まれているのを発見した。 そこに『今日の放課後、一人で森に来て下さい』と書いてあったので、その通りにここまでやってきたのだ。 落ち着いて考えれば、いくら何でも告白する場所にわざわざ森の中を指定するのは怪しいが、 何せ生まれてこの方まともに女子とつき合った経験のない身。日頃からギーシュ等を羨んでいて 仕方ないところにラブレターをもらったので、すっかりと舞い上がっているのだ。 更に言えば、彼は貴族といえども思春期の男子。こと恋愛事となると冷静さを欠く年頃である。 はっきり言えば色惚けした馬鹿なのだ。 「さーて、この辺かな。おーい、誰かいないかー? 手紙に書いてあった通りに、一人で来たぞー」 とにもかくにも、男子生徒はめぼしいところで立ち止まり、ラブレターの差出人を探して 大きな声を上げた。だが、そうすると、 「えッ? おい、今のどういうことだ?」 「は?」 近くの樹の陰から、別の男子がひょっこりと姿を出したのだ。お互い、相手の顔を確認して唖然とする。 「お、お前、何でこんなところにいるんだ?」 「そりゃこっちの台詞だよ。どうして森にいるんだ、お前」 「僕は今日このラブレターをもらって、それで……」 最初の生徒の言葉に、もう一人は目を見開く。 「ラブレターだと? それなら俺ももらったぞ」 「えぇ? み、見せてくれ」 もう一人が取り出した手紙と、自分のものを見比べる男子生徒。 「ほ、ほぼ同じ内容だぞ」 「どういうことだ……?」 訝しむ二人。しかしこれで終わりではない。 「お、おい。そこのお前たち、何やってるんだ?」 「その手に持ってるの、まさかラブレターじゃないだろうな?」 「おいおい! これどういうことだよ?」 辺りから男子生徒がゾロゾロと数人ほど現れたのだ。これにより、全員がどうなっているのかと 呆然としてしまう。 しかし互いに情報を出し合ったことで、全員がラブレターに導かれるままここに来たのだ ということがはっきりとなった。ここに至って、どういうことかを全員が理解し、憤然となった。 「何だよ! 質の悪い悪戯だったのか!」 「期待させやがって! 誰がこんなことしたんだ? 馬鹿にして!」 「おい、よく見たらここにいるのって、あの平民向けの舞踏会なんて馬鹿げたことに反対してる 奴ばっかじゃないか」 誰かがそう言った。その通り、彼らは反対派の中核ばかりであった。 「ってことはつまり、ルイズたちか平民の仕業だってことか?」 「つまらない嫌がらせしやがって! もう勘弁ならないぞ!」 「オールド・オスマンに訴えて、すぐにでも舞踏会なんて中止させてやる!」 すっかりと機嫌を害した男子たちは、徒党を組んでオスマンに抗議しようと学院の方へ 引き返そうとする。 が、その時に、空から大きな物体がものすごいスピードで降ってきて、森の中に落下した! ドズゥンッ! と激しい地鳴りとともに震動が起こる。 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」 突然何事かと一斉に振り返った男子たちが目にしたものとは、 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 森の背景にそびえ立つ、頭頂部にゴツゴツした一本角を生やし、手は内側の二本が特に長く 鋭い四本指、長大なモーニングスター状の一歩が目立つ大怪獣の姿だった。 獰猛な宇宙怪獣、ケルビムだ! 「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」 目の前に現れた怪獣に恐怖して大絶叫する男子たち。ケルビムはすぐに彼らに目を留め、 鉤爪を振り上げて襲いかかろうとする! 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 「ひぎゃああああああああッ!! お、お助けぇぇぇぇ――――――!!」 地響きを鳴らして迫りくるケルビムから、男子たちはみっともなく泣き叫びながら必死に 逃げ回り始めた。 ケルビムの出現、及び生徒たちが襲われていることはもちろんすぐに才人とゼロが感知した。 『才人! 学院の生徒が怪獣に襲われてるぜ!』 「でも、何であんな森にここの生徒が!? 何やってたんだ?」 『そんなことより、そいつらの命が今にもやばい! 助けに行かねぇと!』 「ああ、分かった!」 才人は即座に人のいないところへと飛び込み、ウルトラゼロアイを装着して変身する。 「デュワッ!」 変身を遂げたウルトラマンゼロは即座に飛び出し、ケルビムを発見すると巨大化して飛び蹴りを 食らわせた。 「デェェェアッ!」 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 キックが首に決まり、ケルビムははね飛ばされる。男子たちが踏み潰される、本当にギリギリの ところであった。 「う、ウルトラマンゼロ様ぁ~!」 死の恐怖で泣きじゃくっていた男子たちは、危ないところを救ってくれたゼロをぺこぺこと拝み、 次いで全速力で逃げていった。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 立ち上がったケルビムは怒りを示してゼロをにらみ、威嚇するように腕を振り上げる。 それに対して宇宙拳法の構えを見せるゼロ。両者戦意にあふれている。 『来いッ!』 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 激突するゼロとケルビム。学院を背にして、ここに決闘が開始された。 ケルビムは長い鉤爪の生えた両腕を振り下ろしてゼロに攻撃を仕掛ける。しかしゼロは相手の 懐に飛び込むことで鉤爪をかいくぐる。そこから反撃を繰り出す姿勢だ。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 だがそれより早く、ケルビムが自身の首を振り下ろした。ケルビムの頭部には太い一本角が 生えている。動きの制限される懐に入ったのが災いし、ゼロはよけられずに角が肩にヒット。 『ぐッ……せぇぇいッ!』 ダメージを受けるが、苦痛をこらえて肘打ちからの横拳を食らわせた。ケルビムは悶絶して よろよろと後退。これでイーブンといったところか。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 だがケルビムもめげずに反撃してくる。耳の位置に生えたヒレが斜め上に開いたかと思うと、 口から火球を吐き出してきた! 『! とりゃッ!』 下手に火球をかわしたら学院に当たってしまうかもしれない。そのためゼロは瞬時にゼロスラッガーを 両手に持ち、飛んでくる火球の連発を片っ端から切り払った。それからスラッガーを投擲して遠距離攻撃を 仕返しする。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 が、スラッガーはケルビムの角に弾かれた。ゼロは前に駆け出しながらスラッガーを頭部に戻し、 再度接近戦を試みる。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 その時にケルビムの長い尻尾がしなり、ゼロに向かって振り下ろされた。尻尾の先端は 鈍器状となっている。この一撃を食らうのは痛い! 『はッ!』 しかしゼロは相手の尻尾攻撃を見事キャッチして止める。これでひと安心かと思いきや、 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 ケルビムはその場で軽く浮上。そして高速回転を始める! 重力を無視した飛行能力を持つ 宇宙怪獣だからこそ出来る荒業だ! 『うおあッ!?』 尻尾を抑えていたゼロも振り回されてしまい、遠心力で投げ飛ばされた。 『このッ! せぇいッ!』 エメリウムスラッシュを発射するも、ケルビムの回転する尻尾に撃ち返されて空の彼方へ 弾かれてしまった。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 減速して着地したケルビムは、今の技を誇示するかのように腕を振り上げてひと鳴きした。 ケルビムのトゲトゲした肉体は飾りではない。角と爪は接近戦用の武器、尻尾は中距離戦用の 凶器となり、遠距離だと火球で攻撃してくる。このように、距離を選ばず戦闘できるのが何よりの 強みなのだ。宇宙怪獣の中でも特に獰猛で好戦的な性質が反映された進化の形といえるだろう。 『なかなかに手強いな……。メビウスの奴が手を焼いただけのことはあるぜ』 ケルビムの隙のない強さを認めたゼロは、下唇をぬぐって意識を一新する。 『だが勝負はここからが本番だぜ! ストロングコロナゼロだぁッ!』 そして身体を赤く燃え上がらせ、ストロングコロナゼロに二段変身した! 破壊力重視の 怪獣相手ならば、こちらもパワー重視の形態で応戦だ! 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 ケルビムはまたも火球を吐いてゼロを狙うが、ゼロは腕で火球をはたき落としながら前進。 ケルビムに向かって駆けていく。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 『おおおおッ!』 ケルビムは迫ってきたゼロへ角を振り下ろす――が、それに合わせたゼロのエルボーの 打ち上げが、角を粉砕した! 「ギャアアアアアアオウ!?」 自慢の角を粉々にされて激しく狼狽えたケルビムだが、それでもゼロに反撃するべく尻尾を 伸ばし、回転を始める。再び先ほどの回転攻撃を仕掛けるつもりだ。 しかし今度のゼロは、相手の尻尾をがっしりと掴むと、怪力でケルビムの回転を食い止めた! 『どおおおおぉぉぉぉぉッ!』 その上、反対にケルビムの全身をブンブンと豪快に振り回す。ケルビムは抵抗さえ出来ない。 「ピッ! ギャアアアアアアオウ!」 『らぁぁぁぁぁぁぁッ!!』 そして十分勢いをつけたところで、思い切り投げ飛ばす! 豪速で地面に叩きつけられた ケルビムはそのまま爆散した! 「ジュワッ!」 見事にケルビムを粉砕し、またも学院を救ったゼロは、大空へ飛び上がって森を後にしたのであった。 怪獣を倒したのはいいのだが、またしても一つ謎が残った。それは、男子生徒たちを偽の ラブレターで森に呼び寄せたのは何者の仕業なのかということだ。 被害に遭った男子生徒たちは、ルイズらの仕業だと主張したが、手紙が配られたと推定される 時刻には全員に明確なアリバイがあった。平民が教室に入って不審な動きを取っていたという 報告もない。それに、反対派への仕返しとしては所業が半端。そういうことで、無関係な者の つまらない悪戯ということで一応片づけられた。 しかし裏では、小さな女の子が学院内をチョロチョロ駆け回っていたという目撃情報も 上がっていた。それはほぼ確実にリシュだろうが、まさか幼いリシュが色惚けていたとはいえ 魔法学院の生徒を騙せるほど綺麗な字を書けるとは思えない。たまたま部屋を抜け出して 散歩していただけだろう、ということでリシュにはルイズからの注意だけで済まされた。 それと男子生徒たちが集まったところに、狙いすましたかのように怪獣が出現したことに関しては、 さすがに偽のラブレターを仕掛けた者に怪獣を操れるような恐ろしい力があるはずがない、 ということで単なる偶然と処理された。ゼロだけはどうにも釈然としない様子であったが……。 だが悪戯で済まされたとはいえ、この件で生徒らの舞踏会賛成派の心象が一層悪くなったことだろう。 関係はないと判断されても、こんなことが起きたのは平民向けの舞踏会を開こうなんて言い出す奴が いるからだ。そんな理不尽な思考をするのが人間というものだから……。 説得は余計に難航しそうだと、才人の不安も強まるのだった……。 そんなことがあった後に、リシュが才人にこんなことを問いかけた。 「お兄ちゃん、どうして舞踏会に反対してる人たちを助けたの?」 「えッ? いや、助けたのは俺じゃなくてウルトラマンゼロなんだけどな……」 反射的に訂正する才人。リシュはどういう訳か、男子生徒たちを助けたのが才人だと思っている みたいであった。 「というか、どうして怪獣に襲われたのが反対してる人たちだってこと、リシュが知ってるんだ?」 「えッ? それは……ルイルイたちが話してるのを聞いたの」 と答えたリシュが、質問を重ねる。 「でも、ウルトラマンゼロが来なかったとしても、お兄ちゃんはその人たちを助けてたんじゃないの?」 「まぁな。さすがに見捨てるなんてことはしないさ」 「どうして? その人たちがいなかった方が、舞踏会をすんなり開けていいんじゃない?」 幼い故の、無邪気だが残酷な質問だろうか。才人はリシュを諭すように答えた。 「そういうものじゃないさ、リシュ。都合が悪いからって、邪魔だからって、いなくなって しまえばいいって訳じゃないんだ。人の命はな、そんな軽いものじゃないんだ。それに、邪魔な 相手をいなくさせれば何もかも解決だっていうのがそもそもの間違いだぞ。物事っていうのは、 そんな単純にはいかないものなんだ」 しかし、リシュは、 「……リシュはそう思わないな」 「リシュ……?」 「……どんなにこっちから言っても、分かってもらえないこととか、相手が分かろうとも しないことだってあるよ。そんなどうしようもない時には、邪魔な人がいないように することも……間違いじゃないと思う」 才人は、幼く無邪気なリシュがそんな難しく、悲しいことを語ったのがとても意外で、 思わず言葉を失った。 それと同時に、この時のリシュは……幼い少女とは思えない、成熟した女性のようだと 感じたのであった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8329.html
前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 時を遡ること約二週間。 王都に連行される馬車から逃げ出したフーケ――マチルダは「ほとぼりが冷めるまで身を隠そう」と素人丸出しの意見を出したサイトを無視してラ・ローシェルへと向かった。 人目を避けて向かったためその道程は五日ほどもかかったが、当のラ・ローシェルの警備や手配はこれと言って変わった様子もなかった。 経路が限定されかつ戦時中であるアルビオンへの逃亡は考慮していなかったのか、それとも衛士隊が襲撃を受け敗北するという醜態を喧伝したくないのか。 ともかく、二人は拍子抜けするほどあっさりとトリステインを脱出し故郷のアルビオンへと戻ってきたのである。 フネに乗るところまではむしろ吹っ切れたかのように手際よく行動していたマチルダだったが、しかし実際に空に浮かぶ大陸を目にし、そこに降り立つと途端に歩みが遅くなってしまった。 ウェストウッドに帰り着けばそこで待つティファニアに事情を打ち明けねばならない――という未来が現実味を帯びてきたのだから致し方ないのかもしれない。 だがいくら歩みを緩めても進んでいる以上はそこへと辿り着く。 マチルダは最終的に半ばサイトに手を引かれるような形でウェストウッド村へと到着し、ティファニアと再会した。 戻ってきた二人を見た彼女は大いに喜び、その日の夜は子供達と共に贅を尽くした食事が振舞われた。 マチルダとしては暗澹とした気持ちを完全には払拭できなかったものの、その時だけはほんの少しだけ気を晴らして再会を祝した。 そうして子供達が寝静まった夜半に、その時が来た。 おそらくはその事実を想像だにしていなかったのだろう、不安よりは期待が混じった顔でサイト達にマチルダの『仕事』の事を尋ねたティファニアに全てを打ち明けたのだ。 話を聞いた彼女はその内容を把握しきれていないのか、半ば呆然とした表情のままマチルダの話に聞き入っていた。 話を終えてもやはり表情は変わらないまま。 我に返ったティファニアがどんな表情を浮かべるのか、どんな言葉を放つのか、マチルダは逃げ出したい衝動に駆られながらただじっと待ち続けた。 そしてティファニアが返した反応は……平手打ちだった。 夜の静寂を裂くほど派手な音が響き渡り、脇で話を聞いていたサイトが一瞬肩を震わせた。 およそそのような事とは程遠い――いや、子供達の世話をしているのだから手をあげるくらいはあるだろうが――ともかく、そんな彼女からは考えられないほどに力のはいった平手だった。 マチルダは痛みよりも行動そのものに忘我して呆然とティファニアを見つめる事しかできなかった。 今まで見たことのない、ティファニアの怒りにゆがんだ顔。 彼女は憤りも露に肩を震わせ、言葉もなくじっとマチルダを睨み続けた。 そして次に彼女から出てきたのは、嗚咽だった。 ティファニアは一転して眼からぼろぼろと涙を零し、床に崩れた。 慌てて寄り添ったマチルダに縋りつきながら、彼女は子供のように泣きわめく。 ――平手打ちよりも、そんなティファニアの姿を見ている方がはるかにいたかった。 サイトはいつの間にか部屋から姿を消していた。 マチルダは震えるティファニアの身体を優しく抱きしめ、何度も髪や背を撫でさすりながら夜を明かした。 ※ ※ ※ それから三日ほどの間、マチルダは村の外に出ることもなくティファニア(とサイト)と共に生活を共にしていた。 サイトを召喚してからの半年はともかくとして、それまでは特に理由もないのに終日村に留まった事はほとんどなかったので自主的な謹慎とでもいった所なのかもしれなかった。 もちろん最初の内はそれを喜んでいたティファニアだったが、彼女の意図に気付いてそれを気に留め、出かけてみてはどうかと促したのだ。 それを受けてマチルダはシティ――彼女の生まれ育ったシティ・オブ・サウスゴータ――に出かけると言った。 因縁の深すぎる場所だけにティファニアは不安を覚えたが、当のマチルダは軽く笑って見せる。 「四年前にすげ変わった名ばかりの元領主、その娘なんて誰も覚えちゃいないよ。顔を知られるほど街に貢献した事もないしね」 やや自嘲的に吐き出したその言葉と共に、彼女は陽が暮れる頃には帰ると村を出て行った。 ティファニアとサイトはやや遅めの昼食を終えた後、テーブルを挟んで向かい合う形で椅子に腰掛けていた。 たった三日程でしかないはずなのに、その前はいないのが当たり前だったのに、マチルダがいなくなった家は穴が空いたような寂寥をティファニアに感じさせていた。 一方のサイトは、この空間に微妙な気まずさを覚えて何も喋ることができなくなってしまっていた。 というのも、ティファニアにとってはマチルダがいないのが普通であったのと逆に、彼にとってはマチルダがいる事のほうが普通だったからだ。 ハルケギニアに召喚されてからの半年は一緒に暮らしていたし、彼女が出て行ってから間もなくサイト自身もティファニアに頼まれてウェストウッドを後にしている。 なのでこうして同じ部屋に二人っきりという状況が落ち着かないのだ。 「サイト、ありがとね」 そんな沈黙を先に破ったのはティファニアの方だった。 破るというよりは針の穴を空ける程度の囁き声にサイトが振り向くと、彼女は軽く小首を傾げて微笑む。 「マチルダ姉さんを連れて帰ってきてくれたこと」 「あー、うん……」 サイトは照れ臭そうに眼を背けて頬をかくと、ほんの少し後ろめたそうにして彼女に返す。 「でも、ホントによかったのかな。確かに盗賊とかやってんのは悪いだろうけど、あの人だってテファのためにやってたんだし……言うのも聞くのも辛かったみたいだし」 その時のことを思い出してサイトは小さく肩を震わせた。 ああいった本気の修羅場……のようなものを目の当たりにするのは初めてだったので彼は立ち竦んで動くこともできなかったのだ。 もうとにかく空気が張り詰めすぎていて息をするのも苦しかった。 傍観者だった彼でさえそうだったのだから、当事者の二人の心労はその比ではなかったはずだ。 まがりなりにもこれまで上手くいっていたのだから、お互いに知らない知らせないままでもよかったのではないか、と彼は思う。 ティファニアもそれを思い出したのか僅かに苦しそうに眉根を寄せて、しかしゆるゆると首を左右に振った。 「確かに辛かったけど、知らないままでいるよりもずっといい。それが私のためだったっていうなら、なおさら」 言って彼女は自らの胸に手を添え、眼を瞑る。 あの日の夜の事を反芻するように少し沈黙した後、ティファニアは改めてサイトに見やって口を開いた。 「姉さんももう盗賊はやらないって約束してくれたし、今はもう幸せだから。全部サイトのおかげよ」 言葉の通り、幸せそうな笑顔を見せるティファニアを見てサイトは顔を赤くしてそっぽを向いた。 照れ臭さが増して彼は半身ほど彼女から身を反らし、眼を合わせないまま呟いた。 「ま、まあ、俺、今はテファの使い魔だから。役に立てたんならそれでいいよ」 「ふふ……ありがとう、使い魔さん」 陽光の加減だろうか、横目で見るティファニアの笑顔はとても眩しくて胸が熱くなる。 この世界に召喚された当時では不満と諦観がかなり先走っていたが、こうして誰かの役に立ったり彼女が笑ってくれるのなら使い魔生活もそこまで悪いものじゃないのかもしれない。 そんな事をサイトが考えていると、ティファニアがぽつりと声を漏らした。 「何かお礼をしたいんだけど、欲しいものとかしたいこととかあるの? その……元の世界に帰すのはできないけど……ごめんなさい」 地球から召喚された事に関してマチルダは一切サイトを相手にしなかったが、ティファニアはとにかく何かと気にして謝ってくれた。 落ち着いてから改めてその辺の事を聞けば、今回の召喚は完全に彼女達の想定からは外れた事故のようなものだったと理解できた。 今にして思えばあんな怪しさ炸裂の鏡に興味本位で入ってみた自分自身にも落ち度はあると思っている。 なのでティファニアがこうして表情を翳らせて言うのを見ると、逆にこちらの方が申し訳ない気持ちになってくるのだ。 サイトは慌ててティファニアに向き直って、 「いや、別にテファが悪いって訳じゃないんだから気にする必要ねえよ。それに今んところ欲しいとかしたいとかも――」 「何でもいいのよ。私にできることならなんでもするから」 「なん……でも?」 ぴたりと動きを止めた。 翠色の瞳でじっと見つめてくるティファニアの綺麗な顔から、思わず視線が下に動く。 まさに《大鑑巨砲》とでも言わんばかりに存在を強調している胸が静かに息づいている。 何でもするって? マジで? こんな美少女からそう言われて反応しない男がいるだろうか? いやいない(反語表現)。 サイトの視線に気付いたのか、ティファニアははっとして顔を赤く染めた。 彼女は凝視されていた隠すようにして(全く隠せてないが)身を背け、恥ずかしそうにサイトを見つめる。 「あ、や、これはその……!」 慌ててサイトはやや大仰な身振りで手を振った。 しかしティファニアはしばしサイトをねめつけたあと、おずおずと口を開いた。 「……聞いてもいい?」 「はい、なんでしょう……」 かしこまったサイトに、ティファニアは僅かな沈黙の後ぽそりと呟いた。 「やっぱり、私の胸って変なの……?」 うん、変。すっごい変。 しかしそれは決して悪いことではなく、むしろ誇るべき代物だ。胸を張って良い。むしろもっと胸を張るべきだ。 もはや地球の常識ではおしはかる事のできない領域の偉業だろう。 いうなればこれはファンタジーだ。さすがはファンタジー世界、ハルケギニアである。 ……いや待て、まさか本当に幻想(ファンタジー)なのではあるまいか? 果たしてこの胸は本当にリアルなのだろうか。 サイトの好奇心が限界突破した。 「た、確かめてみればいいんじゃないカナ?」 「えっ……」 桜色だったティファニアの顔が林檎のように真っ赤に染まった。 しかしサイトの脳はそれ以上に真っ赤に茹っていた。 「せっかくだから変かどうか確かめてみればいいんじゃないカナ。むしろ確かめてみたい。今どうしてもしたいことができた」 「えぅ……」 顔を耳まで真っ赤にしたティファニアが小さく呻いた。 自分で言い出した事だけに今更撤回する事ができないのだろう、彼女はせわしなく視線をさまよわせる。 ちらちらと様子を窺ってくる彼女の視線を、サイトは極めて真顔で受け止める。 これまでの人生で一度たりとも見せたことのない真摯な表情であった。 ティファニアが口を開きかけては慌てて口を閉じ、あちこちに視線をやり、そんな事を何分か繰り返した後――覚悟を決めたかのように言った。 「じゃ、じゃあ、確認……する?」 (来ったぁあああーーー!!!) サイトは頭の中で雄叫びをあげ、脳内でガタッと立ち上がり拳を天に向かって突き出した。 うおおおお、使い魔最ッ高ォ!! 俺、ハルケギニアに召喚されてよかったよ! テファの使い魔になってよかったよ! これでもしご主人様が美少女だけど《戦艦の装甲板》クラスな体形のツンデレ(なんとなくピンク髪)とかだったら性癖を自己改造した上で年単位のフラグ立てしなきゃならなかったよ!! ありがとう神様、おめでとう平賀 才人!! 今俺は人生の絶頂期に立っている!! 「サ、サイト……?」 サイトの異常な雰囲気を察したティファニアが恐る恐る声をかけると、サイトははたと正気に戻って居住まいを正した。 いや、正気には戻っていなかった。むしろ突き抜けすぎてしまったと言った方がよかった。 正気の自分との脳内問答すらすっ飛ばしてサイトは更に踏み込む。今の自分には不可能はない。 サイトはティファニアに顔を寄せてぼそぼそと提案した。 「――って言ってごらん」 「っ!?」 途端にティファニアの尖った耳がピンと揺れ、紅潮させた顔を震わせた。 そして彼女はほんの少し恐れを含んだ表情で小さく首を振る。 「な、なんでそんなこと……」 「確認するために必要な台詞なんだヨ。言わないと確認できない。てか言ってください。お願い」 「~~~……」 ティファニアは至って真面目な表情でのたまうサイトから逃げるように眼を反らした。 いっその事物理的にも逃げ出してしまえばよかったのだろうが、彼女は生真面目だった。 彼に感謝していてお礼をしてあげたいというのは事実だったし、違う世界とやらから召喚してしまったという負い目も少なからずある。 提案は全くの意味不明で死ぬほど恥ずかしいけど、それで彼に報いる事ができるのならやってあげてもいいじゃないか。 ティファニアは決心して小さく息を呑んだ。 そして真っ赤な顔を俯けたまま、やや上目遣いで囁くように言った。 「……メ、メロンちゃんは今収穫期なの。……たわわに実った、う……熟れ熟れの果実をサイトに採って欲しいな」 言ってしまった後で恥ずかしさ加減を実感したのか、ティファニアは完全に顔を伏せてしまった。 サイトは感激に身を震わせ、弾けるように身を乗り出してティファニアの両肩を掴んだ。 「う、お、あ……さ、さささ最高だ!? テファ、もといメロンちゃん最高! 超可愛い、大好きだ!!」 大部分は煮えすぎた台詞だったが可愛いだの好きだのと言われればまんざらでもないのか、ティファニアはわずかに顔を上げてはにかんだ。 「メロンちゃん恥ずかしい……」 「く……っ!?」 こ、こここの女、なんて顔しやがる。明らかに誘ってるじゃねえか。 つまり最初からオッケーだったって事なのか。何かと気にかけてくれていたのも文字通り気があったという事なのか。 いままではマチルダがいたので言い出せなかったけど、あの人がいなくなったからお礼にかこつけてあんな事を言い出したのか。 ……そういうことか。 サイトは全てを悟った。宇宙の真理を解き明かしたかのような開放感と達成感が彼を包んだ。 それは間違った宇宙の真理であったが、誰も彼を止めるものはいなかった。 肩に乗せた手に軽く力を込めると、ティファニアの体がわずかに強張った。 しかし彼女は逃げようとはせず、ほんの少し湿り気を帯びた瞳でサイトを見つめた。 これは……イける!? サイトの頭に確信にも似た予感が轟いた。 もう倫理とか板の規制とかそんなものどうでもいい。 一年前に異世界に辿り着いたサイトは、今また新たな世界へと旅立とうとしていた。 まるで何かが爆発したような轟音が響いた。 瞬間、サイトは椅子を蹴倒して飛び退り、ティファニアから離れてもんどりうって床に転がった。 泡を食って起き上がったサイトが眼にしたのは、視界一杯に広がった巨大な"土くれ"の拳だった。 「あヒ」 メロンが潰れたような鈍い音が響き渡った。 床板を突き破って出現した土塊の拳にサイトが叩き潰された後、数秒ほどの忘我からようやくティファニアが我に返り悲鳴を上げる。 「サ、サイト!? サイトぉっ!?」 彼女は慌てて駆け寄ろうとするが、立ち上がると同時に酷く陰鬱な音を立てて扉が開いた。 髪が逆立つような寒気を感じてティファニアは立ち竦み、おそるおそる振り返る。 そこには恐ろしいまでの無表情で部屋の惨状を見据えるマチルダが立っていた。 「あ、……ね、ねね、姉さん……」 ティファニアは腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。 そんな彼女にマチルダはちらりと眼をやり、吐き捨てるように呟く。 「……日も暮れてない内からサカりやがって、このクソガキ共が」 「ひぅっ……!」 冷め切った声にティファニアはびくっと身体を震わせ、頭を抱えて蹲り子猫のように身を縮込ませる。 カタカタと震える少女を一瞥した後、マチルダは部屋の中に盛大に盛られた土塊へと歩み寄った。 手にした杖を振って土を割り埋葬されたサイトの遺骸(半歩手前)を発掘すると、彼女は彼の頭をゴリッと踏みつける。 「おい、犬」 声をかけると同時にサイトの身体が派手に揺れた。 マチルダは返答のない彼の頭を砕かんばかりに足で踏み躙りながら言葉を続ける。 「お前、今、何しようとしてた? 答えな」 「……なんといいますか、若さ故の過ちといいますか、迸るパトスがダーザインの昇華を引き起こし、必殺のオーギュメントが天使ちゃんに炸裂しかけたといいますか……」 「誰が人間の言葉使っていいッつった」 「……わん」 マチルダは一つ溜息をつくと、身を屈めてサイトに言う。 「もうね、飼い主に粗相をする駄犬はどうしたらいいんだろうね? 去勢するか? あぁ?」 「きゅーんきゅーん……」 混じりっ気なしの本気の響きにサイトはガタガタと震えながら呻いた。 そんな彼を彼女はしばし見つめた後、忌々しげに舌打ちしてから足を離す。 「こんな事なら『あいつ等』を連れてくるんじゃなかったよ」 とはいえ連れて来なければこの場には間に合わなかったのだから、どちらが幸でどちらが不幸なのかわからない。 マチルダは今だに頭を抱えて蹲っているティファニアを振り返り声をかける。 「テファ、客だよ」 「ひっ……え、お、お客……?」 おっかなびっくり顔を上げて覗き込むティファニアに、マチルダは溜息をつきながら首肯する。 「といってもあんたの客じゃなくてこっちの駄犬のね。とりあえず、帽子」 「あ、は、はいっ」 「わん?」 慌てて立ち上がり部屋を出て行くティファニアと、よろよろと身を起こしながら首を捻るサイト。 帽子を目深に被って耳元を隠したティファニアが戻ってくると、マチルダは再び溜息を吐き出してから彼女に歩み寄り、髪を整える。 くすぐったそうに眼を細めるティファニアに、マチルダは耳元で囁いた。 「あんたももう子供じゃないんだから、惚れた腫れたは好きにすればいい。だけどノリで流されると後悔するよ」 「えっ……」 ティファニアは驚いてマチルダを見やる。 しかしマチルダは軽くティファニアの肩を叩くとそのまま部屋を後にしてしまった。 マチルダの出て行った扉を呆然と見つめて続けるティファニアに、おずおずとサイトが声をかけた。 「何? 何か言われたのか?」 「……うぅん、なんでもない」 ティファニアはマチルダに言われた台詞を反芻して頬を僅かに染めると、顔を隠すように帽子を目深に被ってしまった。 彼女の意図が理解できずにサイトは首を捻るばかりだったが、それを確かめる前に再びマチルダが戻ってくる。 そこでサイトはマチルダが自分に用のある客が来たと言っていたのを思い出した。 ハルケギニアに着てから客が来るほどの人脈など築いたことなどなかったので、心当たりなどまったくない。 どこか面倒臭そうな顔のマチルダに促されてその『客』が部屋に入ってくる。 それはサイトと同年代か少し上くらいの青年と、青髪の年下らしい少女。 緊張で僅かに身を強張らせたティファニアをよそに、サイトは青年の方に眼が釘付けになった。 どこかで見たことがあるような気がする。最近ではなく、結構前――そう、あれは。 視線に気付いたのか、青年がサイトに眼をやって軽く眉を潜めた。 そして彼はサイトと同じように凝視した後、呟く。 「パーカー? お前まさか……」 「あ゛ぁーーーーーーーーっ!?」 青年の疑問の声を掻き消さんばかりにサイトは大きな叫び声を上げ、彼以外の全員がぎょっと眼を剥いた。 向けられた視線を意にも介さず、サイトは青年に詰め寄った。 「お、思い出した! あんた、一年前! 秋葉原で! ヘンなコスプレ集団といた……なぁんかひいらぎぃれんじいぃっ!!」 「人を種族名みたく呼ぶんじゃねえ!? てか、それを知ってるって事はやっぱお前ファー……いや、地球の?」 「そうそれ! 地球! 地球だよ!!」 向こうの方から待望のフレーズを口にしてくれた嬉しさでサイトは青年――柊の手を取ってぶんぶんと振り回す。 「お、俺、サイト! 平賀 才人!! 地球人!!」 ようやく巡り合った同胞と交わした挨拶は、まるでSF映画のようなやりとりだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9319.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第40話 才人からの贈り物 隕石小珍獣 ミーニン 隕石大怪獣 ガモラン 毒ガス幻影怪獣 バランガス 登場! 時に、ブリミル暦紀元前……この惑星は死の星と化していた。 ルイズたちが生まれる、六千年以上もさかのぼるはるかな過去の時代。平賀才人は、この時代の大地を踏みしめて歩いていた。 「サハラから西へ旅を続けて、もう一ヶ月は経つな……けど、今日も見えるのは砂嵐と荒地ばっかりか。ほんとにここが将来ハルケギニアになるなんて信じられないぜ」 汚れた空に、乾ききった大地がどこまでも連なる光景に、才人のつぶやきが流れて消えていく。 才人の周りでは、彼の属するキャラバンが、砂ぼこりを避けるためのぼろに似た外套をすっぽりとかぶって粛々と隊列をなしている。彼らは将来、この地がアルビオンと呼ばれる国になることを知らない。 そう、この時代の彼らにとって、確かな未来などというものは何一つとしてなかった。あるのは、なにもわからない明日へとつながっていく今日のみ。 キャラバンは才人を含めて、百人を少し割る程度の人数で組まれ、そこには人間以外にもエルフや翼人など様々な種族が混じっている。 そして、このキャラバンを指揮するリーダーの名前はブリミル。後の世で、ハルケギニアの歴史を開いた始祖ブリミルとして崇められる人物である。 しかし、今のブリミルには聖者としてあがめられるようなものはまだなにもない。ただひたすら、仲間たちとともにわずかばかりの物資を積んだ荷車を引いてあてもない旅を続ける放浪者に過ぎなかった。 「サイトくん、大丈夫かい? よかったら、水ならまだあるよ」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」 先行きが見えない旅では、物資の浪費はあらゆる意味でつつしまねばならない。水くらい、魔法で作り出せるけれども、いざというときのために精神力はなによりも節約せねばならないものだということを才人も心得ていた。 けれども、才人は自分を案じてくれたブリミルの優しい眼差しには心から感謝していた。こうして間近で見るブリミルの姿は、どこにでもいる平凡な青年のそれそのものだ。”現代”のハルケギニアで語られているブリミル像のほとんどが、想像による虚構でしかないのであろう。 ヴィットーリオの虚無魔法によって、この時代に飛ばされて以来、才人は彼らと行動をともにしてきた。自分がなぜこの時代に飛ばされてきたのか、才人にはわからない。ヴィットーリオが意図したものとは思えなかったし、つたない想像力を働かせてみると……暴走した虚無の力が、その源流へと帰ろうとしたのか、そういうところだろうか。 もっとも、才人にとってはどうでもよかった。この時代に来てしまったのが偶然であれ必然であれ、現代のハルケギニアで起きている問題の原因はこの時代にさかのぼってしまうのだ。謎に迫るのに、現代ではわずかな資料から推測することしかできなくても、この時代に来て当事者たちと行動をともにすること以上があるだろうか。 この時代を襲った大厄災、光の悪魔ヴァリヤーヴ。それらの正体を知って、現代に持ち帰るという使命感で才人はブリミルたちについてきた。その中でブリミルや仲間たちとも気心も知れてきたのだが、生まれも種族も違っても、皆いい人ばかりだった。こんな世界では、助け合わなくてはとても生きていくことはできない。 特に、ブリミルに次いでキャラバンのリーダーシップをとっているのが、隊の先頭に立って歩んでいるエルフの少女だった。 「みんな、ちゃんとついてきてる? 砂嵐には注意して、隣にいる人が離れてないか確認を忘れないでね! 誰かいなくなったら、すぐに大声をあげるのよ!」 「うわあ、サーシャさん、がんばってるなあ。ブリミルさん、水ならおれよりあの人に持っていってあげてください」 「いやいや、僕が持っていったら余計なことするんじゃないわよって怒鳴られるよ。水はサイトくんが持って行ってくれ。やれやれ、リーダーは一応僕なんだけど、あれじゃどっちがリーダーかわからないよなあ」 苦笑するブリミルの視線の先には、金髪をなびかせてキャラバンを鼓舞するエルフの美少女、サーシャの姿があった。彼女こそ、この時代の、そして最初の虚無の使い魔ガンダールヴであり、ブリミルのパートナーだ。 そして彼女こそ、才人たちの時代にも現れたウルトラマンコスモスのこの時代での変身者だった。 この世界に迷い込んで、あのカオスドルバとの戦いを経てからずいぶんと長い間旅を続けてきた。それは、各地を回りながら生き残りの人を探し、救っていく、あてもない旅。だが、そうするしかないほどに彼らは弱体であり、頻繁に襲ってくるヴァリヤーグとの戦いは彼らに消耗を強いた。 「光の悪魔……てか、ありゃどう見ても宇宙生物だよな。怪獣に取り付いて操って、この星を征服しようとでもしてやがんのか? けど、おれたちの宇宙にはあんなやつはいないしなあ……せめて話でもできればと思っても無理だったし」 ヴァリヤーグはどこから沸いてくるのか、いくら倒してもいっこうに攻撃が緩む様子もなく、ヤプールとの戦いを続けてきた才人も辟易としていた。対話を試みても、相手には知性があるのかどうかすら疑わしい。残念ながら、ヴァリヤーグと呼ばれている光の生命体が感情を持つようになるのは、はるかな未来の話なのである。 わずかな手がかりを頼りに、かつて街や村だった場所を訪れてみることを繰り返す日々。が、そのほとんどはすでに廃墟と化しており、生存している人はよくて数人であった。それでも、絶望に耐えて生き延びていた人たちはブリミルの仲間に加わり、困難な旅へと同行することをためらわなかった。 つらい旅ではあったが、廃墟にとどまって死を待つよりは、自らの足で最後まで歩き続けるほうがまだ希望がある。カオス化した怪獣たちはブリミルの虚無とウルトラマンコスモスの活躍で撃退し続けることができた。浄化した怪獣たちを眠りにつかせ、襲われていた人々を仲間に加えて旅を続けて、少しずつキャラバンは規模を広げていった。 しかし、襲ってくるのはヴァリヤーグばかりではなかった。この世界にいる怪獣たちの中には、ヴァリヤーグとは関係なく襲ってくるものもいたし、才人がいた時代と同じように原因のはっきりとしない異変と遭遇することもあった。 その中のひとつの、ある事件と、そこで出会った小さな仲間。それが、才人とハルケギニアの未来を大きく揺るがすことになる。 ブリミルのキャラバン隊の、荷車のひとつの上から才人にかわいらしい声がかけられた。 「きゅうーん」 「こらミーニン、顔を出しちゃダメだろ。まだ外は空気が悪いんだ、次の休憩地まで中でおとなしくしてな」 「きゅう……」 才人は、甘えるような声をかけてきた赤い小さな生き物に、ちょっと厳しめに言った。 その生き物は、才人の知っている珍獣ピグモンにそっくりな容姿をしていた。性格も同じようにおとなしくて友好的で、今ではキャラバンの仲間としていっしょに旅をしている。 ミーニンは、才人に叱られると残念そうな顔をしてから荷車の中に引っ込んだ。荷車の中からは、ミーニンのほかに数人の子供の遊ぶ声が聞こえてくる。歩く旅に耐えられないほど幼い子たちは、こうやって連れられているのだ。 子供たちは、旅の困難さとは関係ないように楽しそうに中で遊んでいるようだ。そんな声を聞いて、ブリミルはすまなそうに才人に言った。 「本当にすまないね。僕の移動の魔法さえあれば、皆をもっと安全に遠くに運べるというのに……」 「気にすることなんてないですよ。いざというときにブリミルさんの魔法が使えないことのほうが大変ですって。それに……」 それに、と言い掛けて才人は口をつぐんだ。ここが始祖ブリミルの時代であるならば、ブリミルがこんなところで終わるはずはないのだ。 この先、どんな困難が待っているにせよ、少なくともブリミルは子孫を残してハルケギニアの基礎を築くところまでは行くはずだ。また、現代にある始祖の秘宝もまだ影も形もない以上、ブリミルが亡くなるのはまだ何年も先であると確信できる。 ただし、下手な干渉をしすぎて未来を変えてしまうわけにはいかない。タイムパラドックスというものがどうなるのか、やってみなければ想像もつかないが、混乱に自分から拍車をかけるわけにはいかないと才人は自重していたのだ。 始祖ブリミルの人柄、謎の敵ヴァリヤーグ、この時代に来たからこそわかったことは多い。それに、彼の率いるキャラバンに加わっている者たちは、現代のハルケギニアでは敵対しあっている者同士である。それがこうして仲良く協力し合えている光景は、まさに現代で目指している”夢物語”の風景そのものではないか。才人はそれらを、現代にいるみんなにすぐにでも話したかった。 けれど、まだそれはできない。現代に帰る方法に、まだたどり着いていないからだ。それに、まだ大厄災について肝心な部分を知れていない。以前、始祖の祈祷書が見せてくれたヴィジョンにあった、ヴァリヤーグの現れる前からこの世界で続いていた戦争についてなどのことを尋ねようとすると、なぜかブリミルたちは固く口を閉ざしてしまうのだった。 「結局、枝葉の部分だけで根っこについては謎のままなんだよな。ブリミルさんたち、いったいなにを隠してるんだろう?」 元来、口は軽くてもうまくはない才人に、他人の口を割らせるための交渉術など土台無理な話だった。もっとも、それを置いても今知っている情報だけでもとてつもない価値がある。なんとしてでも、帰る方法を見つけなければならない。せめてルイズもいっしょにこの世界に来てくれていたら、ウルトラマンAの時間移動能力で帰れたのだが。 そうして旅をしながらじれる日々が続いていたときである。ミーニンとの出会いとなった、ある街での事件に遭ったのは。 時は、一週間ほどさかのぼる。 「ショワッチ!」 瓦礫と化した街の中で、ウルトラマンコスモスと一頭の怪獣が睨み合っていた。 怪獣の名前は隕石大怪獣ガモラン。才人の知っているロボット怪獣ガラモンと似ているが、まったく別種の怪獣兵器だ。 「ヘヤッ!」 コスモス・ルナモードが突進してくるガモランをさばいてかわし、振り返ってきたところを掌底で押し返した。 だが、ガモランはひるむことなくコスモスへと襲い掛かってきて、コスモスはルナ・キックで押し返し、ルナ・ホイッパーで巨体を投げ飛ばした。 地響きをあげて、廃墟の瓦礫をさらに砕きながら転がるガモラン。その戦いの様子を、才人やブリミルたち一行は少し離れた場所から見ていた。 「いけーっ! がんばれ、ウルトラマンコスモス!」 「サーシャ頼む、昨日ヴァリヤーグに使ったおかげで僕の力はまだ半分ほどしか戻ってない。今は君に頼むしかないんだ」 二人の応援が風に乗ってコスモスへと届く。コスモスと一体化しているサーシャは、それを少し苦々しく思いながらも聞いていた。 『まったく気楽なんだから。どこの世界に女の子を戦わせて応援にまわってる男がいるのよ。あの二人、やること済んだら必ず絞めてやるわ!』 現代でコスモスが一体化しているティファニアと比べたら態度の乱暴さがはなはだしいが、それでもしっかりと地上のブリミルたちをかばうように体勢をとっているのはサーシャの優しさの表れだろう。 コスモスがどうしてサーシャと一体化するようになったのか、才人はそれも知りたかったが、ブリミルもサーシャも答えてはくれず、キャラバンの仲間にも知っている者はいなかった。なにかしら答えづらい事情があるのだろうとは才人も察するのだけれども、それを聞いたときのふたりがとてもつらそうな顔をしていたので無理に聞けなかった。 指を槍のように伸ばして突き立ててくるガモランを、コスモスはひらりひらりとさばいてかわす。しかしガモランは、才人の知っているガラモンが熊谷ダムを体当たりで一発で破壊したように、体格を活かした突進攻撃を得意としているからちょっとやそっとではあきらめない。その上に、ガラモンの身長四十メートル六万トンに対してガモランは五十メートル七万トンと一回り大きく、それでいて動きも素早いのでコスモスも簡単にはあしらうことができない。 防戦一方に陥っているように見えるコスモス。しかし、なぜガモランがこの街に現れたのだろうか? ガモランは自然発生する怪獣ではなく、それにはちゃんとした理由がある。 才人たちが街の住人の生き残りから聞いた話はこうである。この地に、街ができるより前には小さな集落があって、そこには小さな岩くれと金属の箱が受け継がれていた。それは、あるとき空から落ちてきた贈り物だといい、決して開けることのできない箱を開けることができたら幸福が訪れるのだと言われていた。それまでは、文字通りに誰がなにをやっても開けられない箱で気に留められていなかったのだが、集落を街に発展させた”外来人”たちは箱の仕組みを見抜き、なんらかの方法で箱といっしょに伝えられていた岩から小怪獣ミーニンを再生することに成功した。 ”外来人”たちが集落の先住民たちに語った話では、ミーニンは元々は宇宙のどこかから送り込まれてきた異文明攻撃用のバイオ兵器ガモランであり、箱はその起動装置であると。本来なら、ミーニンになった岩にへばりついていたヒトデのような形のバイオコントローラーで巨大化して操られるのだが、”外来人”たちはその仕組みを解析して、バイオコントローラーを起動させずにミーニンを目覚めさせたのだという。 それ以来、ミーニンはおとなしい怪獣として、この街の子供たちのよき遊び相手となってきた。しかし、この街もほかの街と同じく戦火に飲み込まれたとき、追い詰められた街の生き残りたちはガモランを防衛兵器として利用しようと、封じられていたバイオコントローラーを使ってミーニンをガモランにした。が、結局コントロールすることはできずに、自分たちがガモランに襲われてしまったということらしかった。 才人たちの後ろには、ミーニンの友達だった街の子供たちがいる。皆、なんとかミーニンを助けて欲しいと訴えかけてくる姿は才人の心を締め付けた。 「大丈夫。ウルトラマンがきっとなんとかしてくれるさ」 子供のひとりの頭をなでてやりながら才人は優しく言った。この破滅してゆく世界の中で、友達の存在はどれだけ子供たちの支えになったことだろう。どんな理由があろうと、大人がそれを失わせてはいけない。 けれど……と、才人は頭の片隅で考えていた。話を聞く限り、外来人とやらは宇宙人の力でロックされていた箱をリスクを回避して開けたということになる。街の生き残りに、もうその外来人はいないそうだが、そんなことができる技術力はまるで、彼らも…… と、そのときガモランの額から稲妻状の光線、ガモフラッシュ光線がコスモスめがけて放たれた。 「ヘヤアッ!」 コスモスはとっさにリバースパイクを張って攻撃を防いだ。そして、そのままバリアを前進させてガモランにぶっつけてダメージを与えた。 「ああっ! ミーニーン!」 「おいサーシャ、ちゃんと手加減しろよ! 子供たちがおびえてるだろ」 ブリミルが慌てて叫ぶと、コスモスはしまったと思ったのかピクっとした。ウルトラマンは同化した人間の影響を強く受ける。サーシャの荒っぽい性格が、さすがの優しさのルナモードにも反映されてしまったのだろう。 だがしかし、これは好機には違いない。ガモランの動きが止まっている今なら、なんとかするチャンスがある。そこへ再度ブリミルがコスモスに向かって叫んだ。 「額だ、怪獣の額のヒトデを狙うんだ。それが怪獣を操っているコントローラーなんだ!」 コスモスが理解したとうなづく。しかし、才人は違和感を強くしていた。やはり、この人たちはただのメイジなんかじゃあない。なぜかはわからないが、相当な科学知識を持っている。 しかし、才人が考えるよりも早くコスモスは動いていた。ダッシュしてガモランに接近し、左手を上げて光のパワーを溜め、それをガモランのバイオコントローラーに貼り付けるようにして振り下ろした。 『ピンポイントクロス』 相手の能力を封じるエネルギーを押し当てられて、バイオコントローラーは急速に効力を失って自壊した。 バイオコントローラーさえなくなれば、ミーニンをガモランに変えていた効力もなくなる。巨大化も解除されて、ガモランはみるみるうちに小さくなり、やがて愛らしいミーニンの姿に戻った。 「やったぁ! ミーニン!」 元の姿に戻ったミーニンへ子供たちが駆け寄っていった。ミーニンは額にピンポイントクロスが変化した×の形の絆創膏がひっついたままでいるが、元気そうに飛び跳ねて早くも子供たちと遊んでいる。 とりあえず、これで一件落着か。ブリミルや才人も考えるのをいったんやめてほっと胸をなでおろした。 コスモスも、ガモランが完全に無力化されたのを確認すると飛び立つ。 「ショワッチ!」 やがてサーシャも帰還し、ブリミル一行は勢ぞろいした。 バイオコントローラーが破壊された以上、ミーニンが凶暴なガモランに変化する危険性はもうないだろう。ブリミル一行は、街の生き残りとミーニンを旅の仲間に加えることを決めた。 それが、ミーニンが仲間にいる経緯である。 その後も、ブリミル一行は可能な限り各地の生き残りを探しながら旅を続けてきた。 だが、仲間が増えることは必ずしもいいことだけとは限らない。この過酷な旅に同行させ続けるには耐えられない者も出始めているし、キャラバンの規模も移動を続けるには大きくなりすぎ始めている。 「どこかに腰を落ち着けられる場所を見つけなければいけない。でなければ、我々は墓標を立てながら旅をしなければいけなくなる」 ブリミルは焦っていた。このまま無理に旅を続ければ、せっかく見つけた生き残りの人々がバタバタと倒れていく死の行軍となってしまう。 そんなときである。この地の先に、比較的無事な土地があると聞いたのは。 そして、ブリミルたちは苦しい旅を乗り越えて、後にロンディニウムと呼ばれる土地にたどり着いた。 「おお、この世界にまだこんな場所が残っていたとは……」 「緑に、湖……なんだか、すっごく久しぶりに見たわ」 ブリミルやサーシャの目からは涙さえ流れていた。当時のロンディニウムは小高い丘のそばに小さな湖があるだけのこじんまりとしたオアシスで、現代であれば誰にも見向きもされないだろう。しかし、砂漠のような土地を旅し続けてきたブリミルたちにとっては天国のように見えた。 しかも都合のいいことに、近くにはこのあたりの領主が別荘にしていたのかもしれない小さな城が、半壊ながらも残ってくれていたのだ。 「ありがたい、これならなんとか定住することができる。ようし、ここを我々のしばらくの拠点にしよう!」 ブリミルの決定に、全員から歓呼の声があがったのは言うまでもない。これでなんとか、子供や怪我人は旅から離れて定住させることができる。 だが、この小さなオアシスでは養える人数はたかが知れている。水だけはなんとかあるが、これまで立ち寄ってきた街から回収してきた食料はあまり多くなく、この地で耕作をやるにせよ、収穫ができるのは当分先だ。人数が増えたことが今では仇となっていた。 「食料をどこかで見つけないと、このままでは餓死者が出てしまう。しかし、どんなに節約しても長くは持たない」 ブリミルは悩んでいた。これから食料を探しに出るにしても、収支がギリギリでマイナスになってしまうのだ。なんとかしたい、これまでいっしょに苦楽を共にしてきた仲間をひとりとて犠牲にはしたくなかった。 そんなときである。子供たちを連れるようにして、ミーニンがブリミルの元にやってきたのは。 「ブリミルさん、ミーニンがなにか言いたいことがあるみたいなの」 「ミーニン、ありがとう、僕をはげましに来てくれたのかい。おや、それはバイオコントローラーを操作していた箱じゃないか……まさか、ミーニン、君は」 ブリミルが驚いてミーニンの顔を見ると、ミーニンはさびしそうな目をしてきゅうと鳴いた。 ミーニンの意思、それは食料の節約のために、自ら岩に戻って口減らしになろうというものだった。 これを、もちろんブリミルは拒絶しようとした。が、一人分を削ることができればなんとか収支をプラマイゼロにすることができ、悩んだ末に才人やサーシャにも相談し、サーシャの一言で決心した。 「それはミーニンの意思を尊重するべきよ。一番つらいのは誰だと思う? ミーニンに決まってるじゃない。それでも、ミーニンはせっかくできた友達と別れる覚悟をしてまで名乗り出てくれたのよ。あなたがリーダーなら、その意思を無駄にしちゃいけないわ」 サーシャの言葉に、ブリミルは短く「わかった」と答えた。それを見て才人は、責任を持つということのつらさと重さをかみ締めるのであった。 だが、ミーニンの封印は簡単なことではない。一度ミーニンを岩に戻してしまうと、復元するためのエネルギーがたまるまでに地球時間で何百年もかかってしまうことがわかったのだ。つまり、この世代の人間がミーニンと再会することはできない。 子供たちをはじめ、仲間たちは皆がミーニンとの別れを惜しんだ。もちろん才人もで、短い間でとはいえミーニンの無邪気さには何度救われたか知れない。が、そのときふとブリミルが思いついたように才人に言った。 「そうだ、サイトくん。君が探してる、未来の君の仲間に連絡をとる方法だけど、もしかしたらあるかもしれないぞ」 「ええっ! それマジですか! なんですなんですか」 「落ち着きたまえ。単純な話だ、ここが君の世界から六千年前だったら、今から六千年経てば君の時代に行き着くということさ。我々人間にとってはとほうもなく長い時間だが……」 才人もそれでピンときた。六千年は宇宙人や怪獣でもない限り、普通の生き物が超えるには長すぎる時間であるが”物”ならば別だ。ミーニンに手紙を託して、自分のいた時代へと運んでもらうのだ。いわゆるタイムカプセル。ミーニンにしても、いつともしれない時代で目覚めさせるよりかは自分のいた時代なら信頼できる人がいる。 だが、それは理屈では可能として、どうやって才人の来た時代で目覚めさせればいいのだろう? それを尋ねるとブリミルは自信たっぷりに答えた。 「心配はいらない。コントロールボックスはタイマー式に設定しなおしてある。ついでに、ミーニンの石を収めておけるだけのスペースがあるようにも改造済みだ」 いつの間に!? と才人は思ったが、それよりも宇宙人の送り込んできた装置を改造するなんてどうやって? そんな真似、いくら伝説の大魔法使いでも都合がよすぎる。 しかし、ブリミルは相変わらず、その質問に対してだけは貝のように口を閉ざしてしまった。 才人はじれったく思ったが、こればかりはどうしようもなかった。ブリミルたちがどこから来た何者であるのか? それを知れるのはいつかブリミルたちが本当に心を許してくれるときまで、待つしかできない。 ミーニンは岩に戻されて、この小城の地下に封印されることとなり、才人は急いで未来に当てた手紙をしたためた。教皇がハルケギニアの滅亡をもくろむ敵であること、始祖ブリミルがエルフとの共存をしていた温厚な人物であること、この時代を襲っている謎の敵ヴァリヤーグのことなど、自分が知っていることを可能な限り書き込んだ。 そしてついに別れのとき、才人はミーニンが子供たちとの別れを涙ながらに済ませた後、ミーニンに手紙を入れた小箱を託した。 「ミーニン、自分勝手なお願いだと思うけど、この手紙には、この世界の未来がかかってるかもしれないんだ。それと……またな」 才人はミーニンに再会を約束して、最後に握手をかわした。未来に行くミーニンと、いずれ自分が未来に帰れるときには再会できるはずだ。しかしそれならばミーニンを未来に送ることは無駄になるのではないか? いや、そうではない。才人は未来の世界のために、思いつく限りのあらゆる方法を試してみるつもりだった。 無駄に終わればそれでいい。しかし、何度もいろいろな方法を試せば、そのうちのひとつくらいは成功するかもしれないではないか? 人間がはじめて空を飛ぼうとしたときだって、ライト兄弟の成功に行き着くまでには数え切れないほどの試行錯誤と失敗の積み重ねがあった。まして、六千年の時間を越えて未来に帰ろうというのに、努力を惜しんでいて成功するはずもない。 と、そこで才人はコントロールボックスを設定しようとしているブリミルから尋ねられた。 「ところでサイトくん、タイマーは何年後にセットすればいいかな?」 「えっ? あ、しまった!」 才人は自分のうかつさに気づいた。始祖ブリミルの時代が『現代』から六千年以上前だとしても、自分のいる今が現代から正確に六千何年前ということがわからなければ意味がない。正確に自分の来た年代に設定しなければ、何十年何百年単位でズレてしまうだろう。 が、そんなことを調べる方法などあろうはずがない。この作戦は失敗かと、才人がとほうにくれたとき、サーシャが思いついたように言った。 「別に簡単じゃない。サイト、あんたが来たのって、あんたの年代で何年なの?」 「え? 確か、ブリミル暦六二四三年だったと思うけど」 「じゃあ今年がブリミル暦一年で決定ね。六二四二年後に合わせれば、あんたの時代につくわ」 「ええっ!? そんな、ちょっと!」 才人とブリミルはあまりにあっさりと決めてしまったサーシャに詰め寄ったが、サーシャは流れるような金髪をくゆらせて涼しい顔である。 「なに? 文句あるわけ? ほかにいい方法があるっていうなら取り下げるけど」 「い、いやぁ……でも、年号はもっとめでたいときに決めるものじゃあ」 「あんたの頭は年がら年中おめでたいでしょうが。別にいいじゃないの、増えはするけど減るものじゃなし」 なんか納得いかないが、サーシャの鶴の一声で強引に今年がブリミル暦一年に設定されてしまった。ブリミル教徒であるならば、ものすごく名誉な瞬間に立ち会ったことになるのだろうが、なんというかまるでありがたみが湧かない。 が、おかげで年代の設定の問題は解決した。なお、ここで設定を六二四二年後より少し少なく設定すれば教皇に飛ばされる前の自分たちに届いて歴史を変えられるかもしれないと思ったが、それだとこんがらがってしまうためにやめた。歴史を無為に変えてはならない。 ともあれ、これで問題はもうない。ミーニンはコントロールボックスの力で元の岩の姿であるガモダマに戻され、コントロールボックスに入れられて封印された。 「頼んだぜ、ミーニン……」 これで、ミーニンが目覚めるのは六二四二年後ということになる。才人はミーニンに困難な仕事を押し付けるような後ろめたさを感じたが、サーシャに「人生の選択を全部ベストにすることなんて誰にもできないわよ」と、励まされた。 そうだ、犀は投げられた。後は、希望を信じて次へと進む以外にできることはない。 才人は、最後にミーニンが見せてくれた無邪気な笑顔を思い出しながら、みんなのいる未来へと思いを寄せるのだった。 六千年という時間は長い。人は骨と化し、大地の形さえ変えてしまう。 だがそれでも、時を越えて希望の光はどこへでも届く。 ブリミルの設定したとおり、ミーニンは六二四二年の時を越えてアルビオンの地に蘇った。ブリミルの子孫、ウェールズの先祖たちはブリミルの遺産を守り続けてくれたのだ。 ウェールズはミーニンの持っていた手紙から、これが始祖ブリミルの時代から自分たちの時代へのメッセージであることを知った。そして、手紙の内容に愕然として即座にトリステインへと使いをよこし、知らせを受けてエレオノールやミシェルが急行し、すべてが真実であることを確かめたのである。 「これは、この手紙の入っていた箱のつくりは、これまで始祖の時代の遺跡から発掘されたものと一致します。これは間違いなく始祖ブリミルの時代に作られたもの……ミス・ミシェル、手紙の鑑定のほうはどう?」 「ああ、これは間違いなくサイトの字だ。あいつのヘタな字だ。わたしがたわむれに教えた、銃士隊の古い暗号文だ……サイト、お前、やっぱり生きてたんだな。それにしても、始祖ブリミルと友達になったなんて……お前、ほんとうにとんでもない奴なんだなあ……」 涙で顔を真っ赤に腫らしながらようやく言葉を搾り出すミシェルを、エレオノールは呆れたように眺めていたが、やがて彼女たちに同行してきた銃士隊員のひとりがハンカチを差し出した。 「副長、涙を拭いてください。サイトの奴は、ほんとうにたいしたやつでしたね。あいつは、どんなときでもみんなのことを思ってくれている。さすが、副長の惚れた男です」 「アメリー、ありがとう……そうさ、サイトが死ぬもんか。あいつは、あいつは誰よりも強くて優しい、ウルトラマンだ」 ミシェルは、自分も今日まで生きてきて本当によかったと思った。才人は生きていた。いまだに手は届かないところにいるけれども、こうして手を差し伸べてくれている。 ひざをついて感動に打ち震えているミシェルの頭を、ミーニンが骨のような手で優しくなでてくれた。ミシェルは顔をあげると、才人が六千年前にしたようにミーニンの手をぎゅっと握り締めた。 「ありがとう。ミーニンだっけな、よくサイトからのメッセージを伝えてくれた。見慣れない世界で戸惑っていると思うが、サイトの友達なら我々の仲間と同じだ。安心してくれ」 言葉は通じないが、ミーニンはミシェルの言っていることの意味は理解できているように、うれしそうに笑った。手紙にはミーニンのことをよろしく頼むとも書かれてあって、ミーニンはウェールズとの話し合いにもよるが、トリステインに連れ帰ってカトレアに預けるのが一番いいだろう。彼女なら、数多くの生き物を飼っていることだし、人柄も信頼できる。 それに、この知らせをトリステインにいるギーシュたち水精霊騎士隊にも伝えたらさぞかし喜ぶことだろう。後ろでは、銃士隊で一番のお調子者のサリュアがウェールズがいる前だというのに万歳して大喜びしているようだ。 だがウェールズは、エレオノールからあらためて詳細を伝えられて表情をしかめている。彼はあまりにも常識を超えた事態に驚きながらも、これからのやるべきことを冷静に考えていた。 「以前の私に続いて、今度はロマリアの教皇陛下が侵略者の手先になったというのか。確かに、ロマリアから布告された聖戦はなにかおかしいと思っていたが……やっと戦乱から解放されたばかりのアルビオンの民にはすまないが、なんとしてでも聖戦には反対せねばいけないな」 だが、再建途中のアルビオン軍でどこまでやれるものか。また、家臣や兵隊、国民たちに教皇が敵だということをどうやって納得させればよいものか……ウェールズがいくら国王とはいえ、すべての意思が通じるわけではないのだ。 アンリエッタが悩んでいたように、前途には大きな壁がまだ立ちふさがっている。それでも、乗り越えなければハルケギニアに未来はない。アンリエッタも才人からの手紙の内容を知れば、ウェールズと同調して必ず行動を起こすだろう。 と、そのときだった。ミーニンが、手紙の入っていた箱を指差してなにやら訴えているようなので、エレオノールが箱の中をもう一度丹念に探ったところ、底から奇妙な形の”あるもの”が出てきたのである。 「なによコレ……首飾り? でも、この紐といい、こんな奇妙な素材は見たことないわ」 エレオノールは、美しいとはおせじにも言えない首飾りのようなものを手にして首をかしげた。箱の中には同じものがふたつ出てきたが、どちらも見たところガラクタにしか見えない。 しかし、このガラクタのような首飾りこそ、才人がこの時代に当てたもうひとつの贈り物であり、切り札となるべきアイテムであった。首飾りと共に出てきた、その使い方を記したもう一通の手紙が読まれたとき、教皇の巨大な陰謀にひびを入れる蟻の一穴がこの世界に生まれる。 再び過去へと戻って、才人はブリミルとともに空を見上げていた。 「ミーニン、無事に未来につけるといいな」 「心配要らないさ、ミーニンは運の強い子だ。必ず君の仲間のもとにたどり着いてくれるよ。そうしたら、手紙といっしょに託したあれもきっと役立つだろう。僕とサーシャの自信作だ、きっと君の仲間の役に立ってくれる」 「はは、ブリミルさんもサーシャさんも、ノリノリであれ作ってましたもんねえ。でも、あれをうまく使ってくれれば、教皇の悪巧みもおしまいだぜ。女王陛下なら、きっとやってくれますよ」 アンリエッタ女王とはあまり親しいというわけではないが、何度もトリステインを救ってきた手腕と行動力は信じている。確実に届くように、文章の一部には銃士隊の関係者しか知らない暗号も混ぜたから信憑性も疑いないはずだ。 同封された才人とブリミルからの贈り物。それが使われたときに、ヴィットーリオとジュリオのすまし面がどう崩れるのか、まったくもって楽しみでならない。 けれどそれでも、才人の表情にはミーニンを案じている不安げな様子が残っていた。それに気づいたのだろう。ブリミルが、才人の背中をどんと叩いて励ました。 「こらこら、そんな顔してたらミーニンが安心して眠れないぞ。それに未来に届くまで、いつか僕らが死んで霊魂になってもミーニンを守ってやるから絶対大丈夫! さ、僕らには次の旅立ちが待ってる。ぐずぐずしてるとサーシャにどやされるぞ」 「はい! ようし、行きましょう。ハルケギニアは広いんだ。まだまだどこかに、おれたちを待ってる人がいるはずだからな」 「ああ……ところでサイトくん、君が未来に帰る方法なんだが」 「えっ? なんですって?」 「思い出したんだが、時空を超える能力を持つ、あの……いや、どこにいるかもわからないし、すまない聞かなかったことにしてくれ」 「なんですか? 変なブリミルさんだなあ。まあいいか、旅をしてればそのうちいいこともあるってね。それにルイズ、ルイズもきっとどっかの空の下でがんばってるはずだ。いつかきっと、きっと会えるさ」 才人は多くの仲間たちの最後にルイズの顔を思い浮かべた。そうだ、あの負けん気の固まりのようなご主人様が簡単にあきらめるわけがない。たとえこの世界にいなくても、どんなときでも無理やりにでも道を開いていこうとしてきたルイズのことを思い出すと勇気が湧いてくるのだった。 いつかの再会と、明るい未来を信じて、才人とブリミルはサーシャと仲間たちの待つキャラバンへと駆けていった。 信じる心に、時空の壁など関係ない。時を越えて、才人の思いは確かに仲間たちのもとへと届いた。 そして、次元を超えて旅する者がもう一組。 それは、才人たちが知るどの次元とも違うマルチバースのひとつの宇宙。そのどこかの惑星の上で、ひとつの戦いが繰り広げられていた。 『エクスプロージョン!』 虚無の爆発魔法の炸裂が空気を揺るがし、紫色の体色をした巨大怪獣に襲い掛かる。 怪獣の名前は、毒ガス幻影怪獣バランガス。身長八九メートル、体重十二万九千トンの巨体を持ち、体から噴出す赤い毒ガスを武器とする。 その強力な怪獣に、体の半分を焼け焦げさせるほどの大ダメージを与えた虚無魔法を放った者こそ、誰あろう? いや、ひとりしかいない。 「よくも今まで好き勝手やってくれたわね。でも、これ以上この星で暴れさせはしないわよ。覚悟しなさい」 桃色の髪を風になびかせながら杖を高く掲げ、ルイズの宣告がバランガスに叩きつけられた。 この星は、宇宙には数え切れないほどある地球型惑星のひとつ。特に自然豊かなわけでも、高度な文明があるというわけでもない平凡な惑星であるが、この星は今滅亡の危機にさらされていた。 バランガスは自分をガスに変えることでどこにでも出現し、好き放題に破壊活動を繰り返してきた。だが、それをようやく捉えることに成功し、ルイズの虚無で致命傷を与えることに成功した。 が、なおも自分をガスに変えて逃げようとするバランガスに、青い光芒が突き刺さる。 『ソルジェント光線!』 ガスに変わる前の実体に必殺光線を叩き込まれたのでは、いかにバランガスとてひとたまりもない。断末魔の咆哮を響かせて、巨体がゆっくりと倒れこむ。 勝利。そしてルイズの視線の先には、指を立ててガッツポーズをとるひとりのウルトラマンの姿があった。 「よっしゃあ! 見たかよルイズ、俺の豪速球ストレートを」 調子のよい口調で話しかけてくるのは、こちらも誰あろう。消息不明になっていたウルトラマンダイナだった。ルイズはそのダイナの自慢げな様子に、怪獣を逃げられなくしたのはわたしの魔法じゃないのと返して、ダイナもむきになって言い返して口げんかになった。 だが、何故ルイズとダイナが共に戦っているのだろう? それは、運命のいたずら……ただし、それを語る前に巨大な脅威が二人に近づいてきていた。 「だいたいルイズ、お前はいつもな! っと、そんなこと言ってる場合じゃなくなったようだぜ」 「そうね、アスカ……あんたと旅をしはじめてからしばらくになるけど、今度の相手はどうも格が違うみたい。背筋が震えるような気配がビンビン来るわ」 冷や汗を流したルイズとダイナの見ている前で、星の火山が巨大な爆発を起こす。その中から現れる、あまりにおぞましい姿をした超巨大怪獣。 誰も知らない宇宙で、全宇宙、ひいてはハルケギニアの運命につながる決戦が始まろうとしていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5740.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (48)戦いの火 トリステイン四万。 ガリア一万七千。 ロマリア八千。 それが地空合わせた、集結する予定の連合軍の全容であった。 「……壮観なものですね、これほどの船舶が一同に会するというのは」 アンリエッタが呟いた。 白地に百合の描かれたトリステイン国旗を掲げる多数の軍艦、その中でも一際壮麗にして巨大なフネ、旗艦『メルカトール』。 そのブリッジに、今女王としてアンリエッタは立っていた。 「ガリアとロマリアの先遣隊も続々合流しております。本隊も合流するとなれば、この倍にも膨れあがりましょう」 脇に控えたマザリーニの言葉。 「分かりました……先発している地上軍の様子はどうですか?」 続けてアンリエッタはもう片方に控えていた軍服の軍人に顔を向けて、その軍人――将軍ポワ・チエが答えた。 「はっ。先頃対空施設への攻撃を開始したとの報告が入ったところです。我々が到着する頃には制圧している頃かと思われます」 「……そうですか、兵達の士気はどうですか?」 「そちらも万端、何の問題もありません。我が軍の兵士達は皆、女王陛下の元で戦えることに気を漲らせています。このたびの戦、必ずや我々の勝利に終わるでしょう」 「わかりました……」 その発言に、アンリエッタは心中にて思う。 (やはり、ポワ・チエ将軍は無能ではありません……が、有能でもありませんね) 彼が言ったような生やさしい戦いではないことを、アンリエッタは予感していた。 「そうなると、やはり最大の懸念事項が気になりますね……」 「……懸念、ですか?」 「ガリアとロマリアです」 (……若い人材の育成と確保は、我が国の今後の重要課題事項となるでしょうね) アンリエッタの言葉通り、ガリア軍は万全の体制とは呼びがたい状態にあった。 ガリアは虎の子の両用艦隊を今回の戦に駆りだしている。 しかし、その士気は低い。 その理由を記すにはまず背景となっている事情を知らねばならない。 元々、近年のガリアは王であるジョゼフに従う勢力王党派と、それに反発する謀殺された弟シャルルこそが王に相応しかったとするオルレアン公派との間で、軋轢が広がっていた。 表だっての内戦にこそ発展していなかったものの、それは宮廷内部だけではなく地方領主にまで及んでいた。 何かの契機があれば王家がひっくり返る、そう言う瀬戸際にまで、王家とりまく情勢不安は拡大していたのである。 加えて、王宮は先王ジョゼフの浪費のためにひっ迫した財政状態にあり、そのツケが民衆に跳ね返ってきていたことで、貴族の間だけではなく、平民達の間でも国王に不満を持つ者がほとんどという有様であった。 このような状態で、先王ジョゼフの娘として即位したイザベラへの風当たりも相当に強いものであった。 更に悪いことに、イザベラ自身もあまり評判の良くない王女であったこともこれに拍車をかけた。 特に、隣国トリステインの王女アンリエッタとの比較は彼女の評判を大いに貶める原因の一つとなっていた。 その後、先王ジョゼフの謀殺された弟、その忘れ形見である一人娘のシャルロットを身内として遇し、オルレアン公爵家の名誉を回復し、彼女を新設した近衛騎士団の騎士団長に任命したことで、多少風向きも変わった。 変わったが、それだけである。 それまでの不信を拭い去るほどのものではない。 シャルロットを側に置いたのは、狡知に長けたイザベラの人気取りと取る見方も強く、 特に強硬な反王党派貴族の間では、弱みを握られたか魔法で心を操られたシャルロットが、イザベラに無理矢理に従わされているのだという流言が流布し、イザベラを打倒してシャルロットを王にせよと声高に叫ばれるほどであった。 このような内政不安を抱えた情勢で、イザベラが国外へ動かせる兵士の数にはやはり限界がある。 頼みの綱は諸侯の提供する兵力であったが、これも拒否する者が現れる始末。 特に先王ジョゼフに領地を没収されて、かねてから不満を募らせていた貴族は断固としてこれを拒否、無理強いをすれば内戦に発達しかねないという体たらく。 士気が低い理由は他にもある。 ガリア王国はこの戦が始まった当初、アルビオン神聖共和国と軍事同盟を締結し、トリステイン王国・ゲルマニア帝国に敵対して宣戦布告まで行い、一度は矛まで交えた。 それが短期間の間に翻され、敵であったはずのトリステインと同盟を結んで、アルビオンを裏切ったのである。 これに対して『大義はどこにあるのか』という疑問が末端の兵士の間で拡大し、それが全体に普及するのにそう時間はかからなかった。 結果、両用艦隊を中心として数の上こそ一万以上の兵力が揃えられはしたが、その士気は著しく低いものとなっていた。 両用艦隊の旗艦、アルビオンの超大型艦『レキシントン』が沈んだ今となってはハルケギニア最大のフネである『シャルル・オルレアン』の甲板の上で、イザベラは向かい風を浴びながら、腕を組んでまっすぐに先を見つめていた。 目線の先には、帝都ウィンドボナがあるはずだった。 既にゲルマニア領空に入ってから一日近くが経過している。トリステイン軍と合流する手はずとなっているウィンドボナ南西の空域は近い。 「本当に、付いてきて良かったのか?」 イザベラは、そう背後に居るはずの少女に声を掛けた。 「……いいの」 言葉を返したのは、マントを羽織り、肩にオルレアン公を示す紋章が刺繍されている学生服風の制服を着ている少女。 タバサことオルレアン公爵家当主、シャルロットであった。 「トリステインに母上を残してきているんだろう? そっちについていた方がいいんじゃないのか?」 その言葉にシャルロットは首をふるふると横に振ると、続けて言った。 「……こっちの方が、心配」 心配、あの人形娘が心配である。 その変化に、イザベラはくつくつと笑いをこぼした。 「はんっ、お前に心配されるほどあたしは耄碌しちゃぁいないよ。私はお前の力なんかこれっぽっちも必要としちゃいないんだよ。だからさっさとどことなりでも好きに行くといいさ」 それでも、ポーズは崩さない。 自分と従姉妹の、そんな関係もわりかし気に入っているのだ。 「素直じゃない」 「その方が格好良いだろ?」 そう言うと彼女は前を見たままニヤリと笑った。 さて、ガリアは兎も角、トリステインがそれだけの大軍をこの戦に動員できたことには訳がある。 通常、敵国領土内に軍を派遣する侵略戦争の場合、周辺諸国に隙を見せないために、ある程度の防衛戦力を国内に残すのが普通である。 これは、その戦略上の基本を無視したからこその大軍であった。 防衛最低限の兵力すらも攻撃に割り当てる。なりふり構わぬ捨て身の攻撃。 それが、参謀達が提案し、アンリエッタが承認した秘策であった 宗教庁から『聖戦』こそ引き出すことこそできなかったが、連合軍にロマリアを引き込んだから今だから成り立つ戦略である。 宗教庁が事実上認めた戦争で、同盟国を背後から攻撃するなど、ロマリアにもガリアにもできはしない、少なくともアンリエッタはそう思っていた。 事実、内部に情勢不安を抱えるガリアにはその余力は無かったし、宗教庁を実体上の長としているロマリアは、面子にかけてそのような真似はできなかった。 だが、それでトリステインを攻撃可能な国が無くなったわけではない。 地理上、トリステインに隣接している国はガリア、ロマリアと、もう一国あるのだ。 ゲルマニアである。 大きな音を立てて門が破られる。 トリステインを東西に走る街道の街セダンに、敵が雪崩れ込んでいた。 攻撃を仕掛けたつもりで、その実仕掛けられていた。 強烈なカウンターアタック。 アンリエッタの誤算、それはアルビオンの速すぎる『足』であった。 『あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ』 『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー」 『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛』 甲冑を身につけた腐った死体達が、街の中を全力疾走していた。 その行軍速度は常軌を逸している。 武装した不死者の大軍、それが、疲れを知らぬことを良いことに、整備された街道を恐ろしい早さで移動しているのだ。 この勢いなら途中にあるいくつかの都市を踏みつぶして街道を踏破し、一両日中には首都トリスタニアまでたどり着いてしまうだろう。 その様はゾンビと聞いて緩慢な動作しか出来ないと思い込んでいる人間にとっては、驚愕以外の何者でもない。 だが、幸いにしてそれを前にして卒倒するような人間は一人もいなかった。 いや、街道の街セダンには、人っ子一人残っていなかった。 アンリエッタの誤算、それすらも読んで手を打っていた者が一人いたのだ。 ウルザである。 ウルザは街の全ての住人を、呪文を使って強制的に避難させ、そこの一つの秘策を施した。 その策の要となる人物が街の中心部、高い尖塔の上から地上を見下ろしていた。 「なんてことだ……」 彼は、手足をちぎれるほどに振って、腐汁をまき散らしながら駆け込んでくる完全武装の不乱死体を目にして絶句した。 はげ上がった頭、手には彼がメイジ出あることを示す杖、そしてローブを纏っている。 彼は眼下で起こっている、決壊した川のように死体が雪崩れ込んでくる光景を前に、立ちすくんでいた。 学院の教師、コルベールであった。 その姿はやつれ、疲れた印象を受ける。 いや、事実、彼は全てに疲れ果てていた。 驚きに開いていた目を閉じる。 頬に冷たい風が当たる。その冷気がひんやりと心地よい。 不安にざわめく心を宥めてくれる。 「行き着く場所がこんなところなら、悪くはないのかもしれません……」 暗い過去に思いを馳せながら、そう呟いた。 ジャン・コルベールという人間の半生は、苦悩と共にあった。 タングルテールにあった村を焼いたあの日から、コルベールは常に後悔の炎にその身を焦がし続けてきた。 もしも誰かがそのことを責めてくれたなら、彼の気持ちも多少楽になったのかも知れない。 しかし、幸か不幸か、二十年間彼を弾劾する者は現れなかった。 その間、コルベールは償いとして自分にできる精一杯を尽くしてきたつもりだった。 希望ある若者達に道を示し、破壊と悲しみしか産まぬ火の力を、人々のために役立てる方法は無いかと探ってきた。 全ては償いのためだった。 だが、それこそが相対の連鎖の始まり。 罪の意識に駆られて、代償行為としての贖罪を行う。 しかし加害者としての記憶は、癒えることのない罪の傷跡となり、新たな罪の意識を生み出していく。結果として終わることのない連鎖が生まれてしまう。 罪を償っても償っても、自分が自身を許せはしない。 永久に終わることのない無限贖罪、それが彼を苦しめているものの正体。 彼が強い、あるいは弱い人間だったならば、円環を形成する前に、忘れてしまえたかも知れない。 しかし、コルベールは強くもなければ弱くもない、ただの凡人だった。 彼がここでウルザに頼まれたのは、王都へと迫る脅威の足止めだった。 つまり、今、街を蹂躙している者達を、コルベール一人で止めねばならない。 軍隊相手に、たった一人で足止めを行うなど、聞いたこともない。 しかし、心当たりが無いわけでもない。 結局コルベールは、その頼みを断らなかった。 契機はこれまでいくつもあった。 復讐に取り付かれた狂人、ウルザの姿――自分には想像もつかないような長い時間を、復讐に執着して生きてきた狂人の姿は、彼に復讐と贖罪の違いはあれど、その行いに終わりがないことを告げていた。 道徳の守護者、教皇の言葉――悔いながら、死ぬまで贖罪に全てを捧げ尽くせという、彼の未来を絶つ言葉。 それらは一つの理由にしか過ぎない。だが、彼の選択の後押しをするものとなった。 コルベールは杖を床に置き、足下に置いてあった革袋から、金属の光沢を放つ一組の籠手を取り出した。 そしてゆっくりとそれを手にはめる。杖を取る。 準備は整った。 さあ、終わらせよう、何もかもを。 「ウル・カーノ・ジュラ・イル……」 基本は発火。 それを複合的かつ持続的に掛け合わせてルーンを構成、イメージを形にしていく。 両手につけたグローブのような籠手が、精神力を増幅し、より明確にイメージを現実にしていく。 本来では扱えぬであろう秘奥の境地まで、コルベールを導く。 「ウル・カーノ……」 胸の前で一度手を組み、それから徐々にそこを放していく。 放した両手の間、その何も無い空間を目標に精神を集中させる。 するとそこに小さく光が灯った。 「ウル・カーノ……」 イメージするのは、細かく小さな粒の加速、加速、加速。 呪文を重ねがけするたびに、光の勢いが増していく。 そこで起きているのは、基本の応用、ようは発火の魔法と同じことである。 ただし、本来のそれとは質と規模が違う。 精密精緻。コンマの誤差も許されない呪文操作によって、目的とする空間の温度だけを加熱していく。 「ウル・カーノ……」 最強の系統は何か? そう問われて、メイジならば大体は己の系統を答えるだろう。 コルベールもそう、彼の場合は火だと思っている。 彼の場合、それは何も自信や慢心からそう思っているのではない。 理論や経験でもって、火であると確信を持ってそう答えるものである。 風は偏在し、水は蘇生させ、土はどんなものであっても形作るであろう。 だが、火はそれらとは根本的に次元が違う。 「ウル・カーノ……」 火は、何もかもを焼き尽くす。 それは術者ですらも、例外なく。 「ウル・カーノ・ニエル・ゲーボ」 コルベールの絶望を乗せて呪文は完成し、 『オビリスレイト』 世界は赤い炎に包まれた。 「……嗚呼、神よ……」 最初に気がついた男、行商人の呟き。 セダンの街から十リーグ離れた山中を歩いていた彼は、世界が壊れたような音と衝撃で異変に気がついた。 何を起きたのかを確認するためにその方角を見たとき、彼は生涯に渡って忘れられぬ光景を目にすることとなった。 空がオレンジに染まっている。 地上から天へと、見たこともないような形の巨大な雲が伸びている。 それはまるで大きな笠を持ったきのこのような形をしていた。 何が何だか分からない。だが、恐ろしく冒涜的な光景であることは確信できた。 『きっと地の底から、地獄がこの世に顔を出したに違いない』 そう思った男は、その場に膝を突いて体を震わせながら神に祈りを捧げたと後に語っている。 その日から、地図の上で、一つの街が抹消されることになる。 戦いの始まりだ! 女王を称える、ときの声をあげろ! ――トリステインの兵士 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8943.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 ウルトラ5番目の使い魔 第三部 第一話 ロマリアからの招待、新たなる闇の予兆 超古代竜 メルバ 登場! 流れ出す溶岩、草木も寄せ付けない灼熱の岩石の大地。 鳥も簡単には近寄れない標高を持つ高山がつらなる大山脈。 ガリア王国と、ロマリア連合皇国の中間に、人間の非力を笑うように聳え立つ巨峰の群れはある。 『火竜山脈』 ハルケギニアの屋根ともいえるそれを、人々は太古より畏れと敬意を持ってその名で呼び、夜空にも赤々と燃え滾る威容を見上げてきた。 その峰峰の環境はハルケギニアでもっとも苛酷と言われ、頂上付近には火を吹く凶暴な火竜が住み、並の人間は近づくことさえできない。 だが、その過酷な自然の要害の奥地に、不敵な笑みを浮かべて立つ一組の男女の姿があった。 「この場所でよいのだな? ミョズニトニルンよ」 「はいジョゼフさま。わたくしの魔道具にも、地底深くで脈動する巨大な生物の影が捉えられています。間違いなく、この場所です」 「そうか、ロマリアの小僧の情報は正しかったわけだな。わざわざ、こんな暑苦しい僻地まで来たかいがあったというものだ」 飛行用ガーゴイルに乗り、ガリア王ジョゼフは暗い笑みを浮かべて、ある山の岩肌を見下ろしていた。 周辺は、黒々とした岩盤がむき出しになり、周辺には硫黄ガスが立ち込めている。人間が地上に降りたら一分も持たずに窒息死してしまうだろう。 さらには、常に微細な地震が続く危険な場所であり、火竜たちですらめったに近づくことはない。 こんな危険地帯になにがあるというのだろう。だがジョゼフは、不敵な笑みを崩さずに杖を持つと、その先端を岸壁に向けて呪文を唱え始めた。 ”エオヌー・スール・フィル・ヤルンクルサ” ”オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……” それは、かつてルイズやティファニアが使ったものと同じ呪文だった。しかし、ふたりと違うのは、そこに込められた魔法力に 暗い感情が満ち満ちていたことだろう。 呪文が完成し、ジョゼフの杖の先から光がほとばしる。魔法の光は岸壁全体を照らし出して吸い込まれていき、次の瞬間 岸壁は轟音をあげて崩壊をはじめた。 「ふむ、エクスプロージョンか。岩と岩とのつなぎ目を崩してやっただけでたいした威力だ。使いようによっては、いろいろと楽しむこともできそうだな」 「ジョゼフさま、危険ですので少し下がります。ご注意を」 ダイナマイト数千発分の破壊を瞬時になしたにも関わらず、ジョゼフは興奮した様子のかけらもなく薄笑いを浮かべるのみであった。 飛行ガーゴイルは、飛んでくる岩の破片を避けつつ岸壁から距離をとった。 岸壁は轟音をなおもあげ、数万トンの岩塊を撒き散らしつつ崩れていく。 しかし、崩れ行くその岩壁の奥から、甲高い鳴き声とともに巨大な翼竜のような怪獣が姿を現した! 「おお! あれが!」 「間違いございません。あれこそが、伝説の古代竜です!」 山を打ち砕き、降り注いでくる巨大な岩塊をものともせずに怪獣は地上へ這い出してくる。 赤黒い体に、鎌のような腕と尻尾、背中には皮膜を持つ強靭な翼が生えている。頭部はするどいくちばしがついており、目には 凶暴そうなオレンジ色の光がらんらんと輝いている。 さらに、首から腹にかけてを白地に細かい黒い斑点模様が覆っている。 「ふふふ、なんと恐ろしげな姿よ。太古の昔、異界よりやってきて、その暴虐のあまりに地の底に封じられたという古の古代竜か。 頼もしいではないか。この世を再び混沌と灰燼に返す最初の使者として、これほどふさわしいものはあるまい」 「ご覧ください。その咆哮に、尊大な火竜たちも恐れをなして逃げていきます」 ジョゼフたちは、復活をとげた怪獣を愉快げに見下ろしていた。 超古代竜メルバ、それがこの怪獣の名前だった。異世界において、空を切り裂く怪獣と呼ばれ、かつての古代文明を滅ぼした一角と言われている。 だが、なぜジョゼフはその所在を知っていたのか。その裏にどんな意図が隠されているのか。 そして、それが招く結果を当然認識できるであろうのに。そこには、とほうもない邪悪な意志が脈動していた。 メルバは背中の翼を広げ、いままさに飛び立とうとしている。ジョゼフは、打ち付けてくる突風に身を震わせながら高らかに叫んだ。 「さあ、飛び立つがいい災厄の翼よ。そして我が同胞たちに祝福をくれてやるのだ! はっはっはっ、虚無の担い手の小娘たちよ。 先日のサハラの件は楽しませてもらったぞ。エルフを懐柔するとは、まったく余の予想のはるか上をいってくれるものだ。しかし、 余もそろそろもう一度舞台に立ちたいものでな。さあ、休息の時間はもうよかろう。ともにフィナーレを奏でようではないか!」 ジョゼフの哄笑が火竜山脈にこだまし、世界は再び戦乱のちまたへと引きずり戻されようとしていた。 しかし、この世界を守る勇者たちは、まだそれを知らない。 火竜山脈をはるかに遠く、トリステイン王国。 アンリエッタ姫とウェールズ新国王の婚礼行事で賑わった国内も、ほとんどの行事がとどこおりなく完遂された今では平穏な日々が戻っていた。 物語は、そのトリステインの魔法学院。その一角から再開される。 「次期CREW GUYS JAPANの優秀なる隊員、平賀才人の訓練生日誌。ハルケギニア暦ハガルの月、ヘイムダルの週、虚無の曜日っと」 冬から春へと変わろうという、陽気さと穏やかな風が通り抜けて行くトリステイン魔法学院。その中庭の木立の影で、幹に背中を 預けてノートパソコンを広げた黒髪の少年が、鼻歌まじりにキーを叩いていた。 『今日も魔法学院は平穏で平和だ。最近は冬の寒さもだいぶん和らいできて、日課の洗濯もだいぶんと楽になってきた。 ルイズは相変わらず、雑用は当たり前のようにおれに押し付ける。まあ、おれもただメシを食わせてもらってる以上、働かざる者 なんとやらだと思うんだが、毎度適当に脱ぎ散らかすくせはなんとかならないのだろうか? 毎日男子生徒も通る道を、女物の 下着を抱えて歩くのは、もう慣れたけど気持ちいいものじゃないんだぞ』 カタカタと、キーボードを打ち込む小気味いい音が才人の耳に流れていく。 今日は、ハルケギニアでは休日にあたる虚無の曜日。学院は普段の生徒たちのにぎやかさがうそのように明るい静寂に包まれて、 ときおり数名の足音が通り過ぎていき、小鳥や使い魔たちの声が遠くから聞こえる以外に、耳障りな音はなにもなかった。 『学院に戻ってきて、もう一月と少々か。そういえば、あのサハラへの大冒険から、早くも数ヶ月が経ったな。今思えば、よくあんな むちゃくちゃなことをやったもんだと思い出すたびに自分に感心するぜ。勢いで始めたことだが、冷静になって思うと冷や汗が出てくる。 けれども、こうして元の学院生活に戻ることができた。ルイズには相変わらずこきつかわれるけど、やっぱり平和っていいもんだ。 そうだ! 新年が明けて、早くもこっちの二月もなかばに差し掛かってきたことだから、今までのことをざっと振り返っておこうかと思う』 才人はそこでいったん手を止めて、ぐっと首をあげて空を見つめた。 『サハラでの冒険を終えて、おれたちはガリア王国の無人地帯を経由して、無事にトリステインに帰ってきた。途中、懸念していた ガリア王ジョゼフの妨害もなく、東方号はラグドリアン湖に着水した』 思い出すようにときおり髪の毛をかきつつ、才人は一行ずつワードソフトの画面に記憶を再現していった。 『到着したおれたちを待っていたのは、トリステイン軍による捕獲だった。まあ、東方号を強奪して出てきたのだから当たり前と いえばそのとおりなのだが、王女さまが手を回してくれたおかげで、数時間ほどで解放されることができた。なんでも、超極秘の 特務にあたっていたとかなんとか。ほかにも、いろいろと書類仕事で偽装したらしいけど、小難しくてルイズはおれに聞かせても 理解できないだろうって教えてくれなかった……確かにそうだけど、遠まわしにバカと言われたようで腹立つ』 『帰還したおれたちを、姫さま……いや、ちょうどそのとき戴冠式を迎えていたアンリエッタ姫は、女王さまとなって歓迎してくれた。 トリステイン女王、アンリエッタ・ド・トリステイン。それが今のあの方だ。国民の前に立ち、神々しい姿で即位を宣言する姿は、 この国の人間じゃないおれでもすげえって思った』 『でも、旅から帰ってきたおれたちを迎えてくれた女王さまは、おれたちと変わらない年頃の普通の女の子だった。世界のために、 覚悟して送り出したんだろうけど、親友のルイズが元気に目の前に帰ってきたとき、涙を流して抱き合っていたのはよく覚えている。 稀代の名君の器だとか、始祖が地上につかわした天使だとか、世間のうわさはいろいろと聞くけど、そんなことより優しい人だ。 おれには政治なんてものは雲の上のことだけど、この人にならおれたちの行く末をまかせられるとそのとき思った』 才人は、我ながら不敬だとは思ったが、かっこうをつけたところで不自然になるだけだと思って、苦笑しながらキーを進めた。 『それから先のことは、おれの頭の上でとんとんびょうしに進んでいった。ルクシャナの連れてきたエルフたちとの会見は、 おれも同席したけど正直ちんぷんかんぷんで覚えていない。ただ、ルイズに聞いた話では、しばらくはエルフのことは秘密にして、 エルフたちはハルケギニアの文化風習を学習し、それと並行して女王陛下やマザリーニ枢機卿など、秘密を知る者たちも エルフのことを学ぶ。そうした上で、信頼のおける者から順番に秘密を明かしていき、根回しができたところで国民にエルフとの 同盟を発表するのだそうだ』 『気の長い話だが、ルイズに説明されると、まあ仕方ないんじゃないかと思った。人間とエルフの確執は、アディールでさんざん 見てきたから二の舞はごめんだ。時間がないとはいえ、踏み違えればトリステイン滅亡につながるのだから、急いては事を仕損じるの 精神でいくしかないってことか。そういえば、リュウ隊長も前に整備途中のガンフェニックスで出撃してひどいめにあったことが あったって言ってたよな』 『焦りは禁物。幸いヤプールの勢力にアディールで大打撃を与えられたおかげで、わずかだけど猶予はあるだろう。そうして、 時期が来るまではおれたちは誰にもこのことは話すなと厳命された。そのおかげで、猛勉強したギーシュたちは不満そうだったが、 しかたないものはしかたがない。けれど、解禁となれば休む間もなくなるだろう。そうなると、おれはシエスタやマルトーの おっちゃんたちに講義することになるのか。なんかけっこう複雑な気持ちだ』 その光景を想像して、才人はまったく柄ではない自分に勤まるのかと苦笑いした。 気がつくと、日記用のワードのページの上から下までが埋まっていた。才人は、けっこう長文になってしまったと思いつつ、 最後の行に指を滑らせた。 『あとのことは、エレオノールさんやコルベール先生がいろいろやってくれてる。手伝いたいけど、こればっかりはおれには なんにもできることはなかった。それに、先生は「学生は学業が本分です。本業に戻れるなら、一時たりとも無駄にしては いけません」と、水精霊騎士隊は全員魔法学院へ帰らされてしまった。おかげで、東方号とかがどうなってるのかは おれたちにはさっぱりだ。けれど、ルイズたちとの日常が戻ってくれたのはうれしい。願わくば、この日常が少しでも 長く続けばいいのに』 そうして、才人は文章を読み返して、保存ボタンをクリックして一息をついた。 木に背中を預けて空を見上げると、澄み切った青空の中をスズメに似た鳥が数羽飛んでいくのが見えた。 「平和だな……」 とても世界に未曾有の危機が訪れているとは思えない。眠気を誘う暖かい日差しと、緩やかな風には緑の香りが 共になってきて、才人は小さな天国にいるような気分になった。 「おい相棒、こんなとこで寝たら風邪ひくぜ」 脇から声をかけたのは、彼の愛剣のデルフリンガーだった。才人は、わかってるよと答えると、パソコンをスリープモードにして、 たたんで小脇に抱えて立ち上がった。 休日の魔法学院は、相変わらず人気が少なくて静かだった。 石畳の道に、スニーカーの足音が小さく響いて消えていく。 いつもと変わらない、静かで退屈で平穏な一日。時間がゆっくりと流れて、無限にこの時が続くんじゃないかと思えた。 しかし、この世には良くも悪くも無限というものはない。才人の止まった時間は、聞きなれた叫び声で打ち砕かれた。 「サイトーッ! サイトここにいたのねっ!」 「うわっ!? ル、ルイズどうした!」 突然目の前に飛び出してきた桃色の髪と、ぐっときつい眼差しで見上げてくる愛らしい顔。 平穏を前触れもなくぶち破って、彼のご主人様のご登場であった。 「どこほっつき歩いてたのよ。さっさと来なさい。出かける準備をするわよ」 「出かけるって、トリスタニアへか? 今から出かけたら帰りは夜になっちまうぜ」 才人は、出会ったときから変わることなく、こちらの意見を無視して引っ張っていこうとするルイズに呆れたように言った。 だが、今回に限っては才人のあては外れた。ルイズはやる気なさそうな才人に向かって、平らに近い胸を張って驚くべきことを告げたのだ。 「違うわ、わたしたちはこれから東方号に乗ってロマリアに向かうのよ! 女王陛下の代理人として、教皇陛下に拝謁して 祝福をいただいてくるのよ!」 「ロ、ロマリア!? どういうことだよ、おい!」 才人はわけがわからないぞと叫んだ。ハルケギニアに来てけっこう経つ才人だが、ロマリアはまだなじみのない遠い国で 知識もほとんどない。ブリミル教の大切さは、ある程度を肌で感じてはいても、やはりピンとこない。それに、教皇陛下とやらは 以前にラ・ロシュールでちらりと見ていたが、祝福ならそのときに受けていたのではないのか? するとルイズは、唖然としている才人に言った。 「あんた何も知らないのね。ラ・ロシュールでの式典はあくまで婚礼の行事のため、本当は王位継承からなにからいろいろ こなさなければいけない儀式があるの。でも、今は戦時にも匹敵する非常時だから、かなーり簡略化して短くおさめたのよ。 教皇陛下だって、ほんっとに特別に来てくださったの。でも信徒たるもの、神と始祖への敬意をおろそかにしては国民への しめしがつかないわ。けど、今女王陛下はどうしても国を離れられないわ」 「だから、代理として女王陛下のおぼえめでたく、名門であるヴァリエール家ご息女であるお前が選ばれたってわけか」 「珍しく察しがいいじゃない。ほかにも名門の神官や僧正方もいらっしゃるけど、これは大変な名誉よ! ただまあ安心しなさい。 わたしとしては不本意だけど、水精霊騎士隊の連中も護衛として同行を命じられたわ。ほかにも銃士隊も今度は大隊規模で 同行するって聞いたわよ」 「ほんとかよ! そりゃすげえな」 才人としてはブリミル教の儀式とかはどうでもよかったが、またみんなといっしょに旅ができるというのがうれしかった。 しかし、旅行気分になっている才人にルイズはしっかり釘を刺した。 「こーら、遊びに行くんじゃないわよ。ロマリアはブリミル教徒にとって第二の聖地に等しいとこ、下手な態度とってたら 聖堂騎士団につまみだされるわよ。もしわたしに恥をかかせるようなことがあれば、ハシバミ草のしぼり汁を一気飲みさせるわよ」 「うわ、あのクソ苦いやつか、そりゃ断じてかんべんしてほしいぜ。けど、久しぶりに安全な旅になりそうだな。どうせもうすぐ 春休みだろ? ヤプールもしばらくおとなしいし、やることすませたら観光してかねえか?」 「あんたの脳みそは二言目には遊ぶことが出てくるわね。まったく、この任務がどれだけ重要だかわかってるの」 と、くどくどと説教してくるが、微妙にルイズの口元もにやついているのを才人は見逃していない。 なんやかんや言って、ルイズも本音は自由時間が楽しみで仕方ないタイプということだろう。特にこのところは、授業が 遅れていたぶんを取り戻すために猛勉強の日々だったために、娯楽に餓えていたのは実はルイズのほうが強いだろう。 しかも、今度はトリステイン王国公認の巡礼旅だ。気苦労も多いだろうが、そのぶん前回の旅と違って追われたり、 行く先から砲弾が飛んでくる心配はない。銃士隊のみんなも、プライベートではみんな気心の知れた仲なので、会うのが 今から楽しみになってきた。 「あれ? でも銃士隊が大挙して国を離れて、女王さまの護衛は大丈夫なのか?」 「あんた忘れたの? 今のトリステインには鬼より怖い守護神がいるじゃない」 「ああなるほど、おっかさんね……」 非常に納得した。あれには、正直勝てる気がしない。もし暗殺者がいるとしたら、心から同情を禁じえない。 ともかく、自分たちが留守をしても心配がないのだとわかると、遠足前の子供の心理が湧いてくる。 善は急げ、学院のほうにはすでに連絡がいっていたようで、休学手続きは問題なくとれた。しかし、あいさつに行った オスマン学院長には、遊んでばかりいないで向こうでも自習しなさいとぐさりと言われてしまった。さすが腐っても学院長 というか、遊び人ゆえに若者の考えなどお見通しのようだ。 部屋に戻って旅支度を整え、今では慣れたもので準備は進んでいく。 「サイトさーん、どこか行かれるんですかー?」 「あっシエスターっ、ちょっと遠出してくることになったからピーターの世話を頼むなーっ!」 ティファニアがアーハンブラから連れてきたピーターは、今では学院で世話されていた。なにせ、元々学院では多種多様な 生き物が使い魔として生活しているので、大きなトカゲが一匹増えた程度ではどうということはない。 シエスタはついていきたいとせがんだが、すでに乗船名簿は変えられないからとなだめた。 そして翌日、マルトーから弁当を作ってもらい、リュリュに菓子をわけてもらった才人とルイズは水精霊騎士隊とともに学院を旅立った。 「さあ諸君! また我々の出番がやってきた。女王陛下のご期待に応え、我々の名をロマリアへも轟かせるため、いざ行かん!」 例によって勇ましさだけは一人前のギーシュの掛け声に、ギムリやレイナールなどいつもの面々が答える。 馬に揺られて街道を行くこと数日、期日までに着けばいい気楽な旅を一行はゆっくりと進み、途中の町や村で食道楽などを楽しんだ。 そうして、のんびりとした道中を過ごし、一行は目的地であるラグドリアン湖下流の港町に到着した。 「おお、諸君よく来たね。うん、みんな元気そうでなによりだ。待っていたよ」 うれしそうに出迎えてくれたコルベールの案内で、一行はさっそく東方号と再会を果たした。 「見てくれたまえ! 整備は万全、燃料糧食の積み込みもすんでいる。さらに内部も、以前よりもきれいに作り直してあるよ」 今回は正式に船長に任命されたというコルベールの、得意満面な笑みの元、彼の傑作である水に浮かぶ鋼鉄の城郭はあった。 天高くそびえる前艦橋、陽光を受けて鉄色に輝く勇姿。東方号はサハラで受けた損傷を完全に修復されていた。 旧・戦艦大和の威容も蘇り、才人はやっぱり何度見ても惚れ惚れするなあと感心する。 しかも、乗ってみて驚いたのが、内部がこぎれいにされていて、一瞬客船かと錯覚してしまったことだ。どうやら、トリステイン軍は 東方号をいずれ対外政策にも使うことを考えて、外国の客を招いたときのことを考えたらしい。大人の事情だが、しかしそれぐらいを 飲んでやらなければ、なかばだまして金と手間を出させたのだから報われないだろう。 それに、今回は目的柄トリステインの重鎮も乗り込むことになるから、廃墟のような箇所が残されているのはかっこうがつかないと 思ったのだろう。なお、木製品などは難燃化されているので万一戦闘になっても火災が広がる心配は少ない。なんにせよ、 乗り心地がよくなるのは大歓迎であった。 けれども、才人ら一行を喜ばせたのは、なにより見知った面々との再会だった。 「来たなひよっこども、腕はなまってないだろうな?」 開口一番、厳しい言葉で出迎えてくれたのは、アニエス隊長と銃士隊の面々であった。以前に地獄の特訓でしごかれたことのある 水精霊騎士隊のメンバーはそれだけで震え上がる。 「ふっふっふ、相変わらず生きだけはいい連中だ。楽しい旅になりそうだな」 「お、お手柔らかに……」 今度は、前回は一個小隊しか乗り込まなかったが、ほぼ銃士隊全員が乗り込むことになっていた。すでに平民の女性のみで 編成されているにも関わらず、赫々たる戦果をあげている彼女たちの勇名は随所に轟いている。今回の、巡礼団の護衛には トリステインはそれだけ力を入れているということの、一種のアピールがそこにある。 「今回は、私が巡礼団護衛部隊の団長を命じられた。つまりお前たちは私の部下ということだ。存分にこきつかってやるから ありがたく思えよ」 「は、はーい……」 最後のほうはギーシュたちは蚊の羽音のような声になっていた。アニエスや銃士隊の隊員たちも、ここ最近は忙しくて ストレスがたまってるだろうから、想像するだけで冷や汗が出る。この事態は想定していなかったと後悔しても後の祭り。 なお、今回はそれだけにとどまらずに、新規の船員も相当数乗り込むことになった。このおかげで、飛ばすだけでやっとだった 前回と違って、東方号は様々な分野で十全に力を発揮できるだろう。主砲以下の兵装の封印は、現在でも解く手段は見つかっていないが、 この船を落とすことはさらに難しくなっていた。 むろん、銃士隊がいるということは、才人にとっては喜ばしくルイズにとっては闘志を燃やす相手との再会も待っていた。 「サ、サイト、あの、えっと。あわわわ」 「あはは、ミシェルさん、お久しぶり」 「あんたねえ、たった一ヶ月ちょいの再会だってのにどれだけ緊張してるのよ」 「き、緊張なんかしてないぞ。別に、楽しみになんてしてなかったんだからな!」 顔を真っ赤にしてうろたえる彼女に、才人とルイズは苦笑した。ふたりとも、自他共に認める恋愛初心者だが、彼女も なかなか初々しさが抜けない。このあいだまでは、けっこう大人の魅力がついていたと思ったが、しばらく仕事で会えなかったから 気持ちがリセットされてしまったようだ。 しかし、内に秘めた闘志は別だ。ルイズとミシェルは、この旅で相手に決定的な差をつけてやろうと、心中で宣戦布告を交わしていた。 さて、そういった熱い話はともかく、見知った顔との再会はこれだけではなかった。 「あっ、サイトさんにルイズさんだ。お久しぶりです」 「おーう、なんだ不景気な面をしてるわね。わたしたちがいなくて寂しかったかい?」 礼儀正しくあいさつをしてきたティファニアと、さっそく冗談交じりの軽口をぶつけてくるルクシャナの姿に才人とルイズはほおの 筋肉をゆるませた。今、ティファニアはルクシャナの助手としてアカデミーで働きながら、ハルケギニアのことを勉強している。 来年度には魔法学院にも入学予定だ。本来なら、それまで会えないはずだったので、早めの再会にうれしさが湧いてくる。 「アカデミーの研究服も板についてきてるな。テファ、アカデミーの暮らしはどうだ? 誰かにいじめられたりしてないか」 「だ、大丈夫です! みなさん、とてもよくしてくれますし。マチルダ姉さんが子供たちを見てくれてますから、安心して お勉強できてます。ねっ、ルクシャナさん」 「まあね。素直だし働き者だし、よく気も利くし、能率は前より何倍も上がったわ。ま、テファに一目ぼれして言い寄ってくる 男どもを追っ払うのには苦労してるけどね。この男殺しが、秘密兵器はコレか? このふたつの爆弾か」 「きゃっ! やめてくださいルクシャナさん。わたしはそんなつもりじゃあ……あっ、誤解しないでくださいね! 助手といっても、 少しですがお給金が出るので、今では子供たちの養育費のちょっとだけですけど、わたしが稼いでるんですよ」 それはすごい、と才人とルイズは感心した。こころなしか、以前よりもティファニアの顔も前よりもたくましくなったように見える。 外の世界での豊富な経験が、感受性豊かな彼女の成長をおおいに躍進してくれているようだ。男子三日会わざれば活目して見よ、 というのは時代遅れで、今は女子のほうもどんどん男子を追い抜いていく。 彼女たちには、巡礼とは別件の任務が与えられているそうだが、それは今明かしてはくれなかった。 ただ、前回と違って見なくなった顔もあった。 「ところで、エレオノール姉さまは? 呼ばれてないの」 「ええ、数週間前から、なにか特別な調査の依頼があったってアカデミーを留守にしてるの。詳しいことは知らないけど、 優秀な地のメイジが必要なんだとか。名誉なことだわって、喜んでたからいいけど」 「間が悪いわねえ……ま、気楽だからよしとしましょうか」 正直に言うと、あの厳しい姉がいなくてほっとしていた。ただ厳しいだけでなく、いまだに婿の候補もできない不満がこっちに 来るのだから性質が悪い。黙ってれば、ほんと妹から見ても美人なのにもったいない。 やがてティファニアとルクシャナも、ほかの知り合いとの雑談に移っていき、ふたりはあらためて甲板を見回した。 「いやしかし、ほんと見知った顔ぶればかりだな」 どの方向に首を動かしても、水精霊騎士隊に銃士隊、ほとんどの名前と顔を知っていた。お偉いさんたちは自室にこもってしまったようで、 気を使わなければいけない相手がいないおかげで、才人たちは自分の庭のように歩き回ることができた。 どこも、以前と変わらないか、前よりも精悍に磨き上げてある。歩くごとに、この船での冒険を昨日のことに思い出すことができ、 こみあげてくる懐かしさは、この船が故郷の日本のものであるからか。それとも、これが船乗りが船を愛する理由なのかは 才人にはわからない。 しかし、ひとつだけ言えることは、この東方号であれば、皆といっしょにどこへでも行ける勇気が湧いてくることだ。 再び東方号に揃った、かつて世界を救った勇者たち。 そして、東方号は全乗客の乗船を確かめると、新たな旅の空へと水面を蹴って飛び上がった。 「オストラント号、発進!」 ラグドリアン湖を後に、進路は南へ。目的地はブリミル教の総本山、ロマリア連合皇国。 航海は順調に進み、東方号は巡航速度でゆっくりとトリステインの空を飛ぶ。 眼下を見下ろせば、トリステインの美しい風景が山のかなたまで続いている。 空を圧するように飛ぶ巨大戦艦の威容は、地上にも大きな影を投げかけ、轟音に驚いて見上げた農夫や牧童は腰を抜かした。 けれども、そのマストに翻るトリステインの旗を見ると、中には面白そうに手を振っている者もおり、才人やギーシュたちは 答えて舷側から手を振り返した。 春の日差しに甲板は暖かく照らし出され、ときおり鳥が甲板に舞い降りて翼を休めていく。もっとも、その横を銃士隊に 絶賛しごかれ中の水精霊騎士隊がダッシュで駆け抜けていくと、慌てて雲のかなたへ飛び去っていった。 何事もなく、まるで遊覧飛行のように気楽でのんびりとした船旅。才人たちの関心は親しい人たちとの交流から、 ロマリアについてからの自由時間にまですでに飛んで、その度にルイズやアニエスにたしなめられていた。 トリステインの領空を越え、東方号は南下を続ける。その間、何事も起こることはなく、平和な船旅はこのままずっと続くかと思われた。 しかし、ロマリアへ向かうための最後の通過地点といえる火竜山脈に差し掛かったとき、彼らの甘い期待は微塵に打ち砕かれることとなった。 マグマを吹く山脈を眼下に航行する東方号。その見張り員が叫んだ報告が始まりであった。 「艦橋へ! 左舷十時の方向に、異常な黒煙が見えます」 「なんだって? 火山の噴煙じゃないのか」 「違います。煙は山のふもと付近から出ています。大元は別の山陰に隠れて見えませんが、明らかに火山のものとは違います」 艦橋に、さっと緊張が走った。 すぐさま、付近一帯の地図が広げられ、コルベールとアニエスを含む艦橋にいた主要クルーが覗き込んだ。 「東方号の位置がここ……山をひとつ挟んで、鉱山町がひとつありますね。精錬に石炭を燃やしているのではありませんか?」 「いえ、煤煙にしても多すぎます。あの煙の量はもしや……進路変更を主張いたします」 アニエスにもコルベールの目にもすでに笑みはなかった。新規に乗り込んだクルーたちは、いきなりなんだと困惑しているが、 歴戦を潜り抜けた勘のようなものが両名にはあった。その命ずるものは、即断即決。 コルベールの進路変更要請に、アニエスはうなずいたが、トリステイン政府から派遣されてきた巡礼団の団長の貴族は 難色を示した。彼としては、大事を控えて面倒ごとに関わるのは嫌だったのだろうが、巡礼団長と船長と警護団長の三つの 責任者のうちふたつが賛成した以上は多数決の論理が働く。 「進路取り舵、巡航速度から第一戦速へ」 「各員、警戒態勢をとれ!」 ぐぐっと、東方号は船首を左に向けて速度を上げていった。 同時に、船内には戦闘班員は部署につけの命令が響き渡る。銃士隊は反射的に反応し、水精霊騎士隊もびっくりしながらも おっとり刀で配属場所に駆けつけた。 なお、その光景を巡礼団の貴族や神官は当然目の当たりにしていたが、いつもの訓練だと思って気にせずに部屋に篭ってしまった。 皮肉なものだが、しごきの副産物で混乱は生じなかった。 だが、山をひとつ越えて、黒煙の下に現れた光景は、一同が想像した最悪のものであった。 「なっ! 街が。なんだ、この惨状は」 地図に記されていた鉱山町は、原型をとどめないほどに破壊され、すべての建物が激しく炎上していた。山を越えて見えたのは、 町が燃える煙だったのだ。 「ひどい……まるで戦争の跡だ」 並の破壊ぶりではなかった。大艦隊から艦砲射撃でも受けたかのような徹底的なまでの破壊ぶりは、舷窓から覗いていた 才人たちだけでなく。戦場になれているはずのアニエスたちでさえ口を押さえつけるものだった。 「船を下ろせ! 生存者を救出する」 沈黙する艦橋で、コルベールが真っ先に叫んだ。その独断ともいえる命令に、巡礼団の団長は「我々にはこんなところで 時間を無駄にしている猶予はない」と抗議したが、コルベールは普段の温厚さが嘘のような苛烈さで怒鳴り返した。 「あの惨状を目の当たりにして立ち去って、いったいどんな祝福を神に求めろというのですか!」 その剣幕と、アニエスら銃士隊の冷たい眼差しが巡礼団長の口を封じた。 船体降下、救助用ボートを降ろす準備をしろと矢継ぎ早に命令が下される。東方号で直接着陸はできないが、コルベールは バラストとして船体に積み込んである水の放水準備を命じた。後は、あの炎の中で何人の人が生き残っているかわからないが、 風石付きの浮遊ボートで下りて確かめるしかない。 「頼む、ひとりでも生きていてくれ」 額に汗を浮かべながら、窓から燃え盛る町を見下ろすコルベールの後姿は悲痛だった。彼のその姿に、アニエスはなぜか 奇妙な既視感を覚えたが、それがなぜなのか思い出せる前に事態は傍観を許さない速度で動き出した。 炎に紅く照らされながら、ゆっくりと降下していく東方号。誰もが注意を下に向けている中で、ひとり己の任務を続けていた 見張り員の声が悲鳴のように轟いた。 「か、艦橋! 右舷三時の方向から、なにかが近づいてきます。信じられないスピードです!」 「なに!?」 とっさにその方向に視線を向ける一同。青い空に一点、黒い沁みのような物体がひとつ、みるみるうちに大きくなっていく。 「いかん! ぶつかるぞ!」 「面舵一杯! 緊急回避」 ほとんど停止していた重い船体を、東方号はありったけの力で動かした。物体との距離はもうわずか、だめかと思われた その瞬間、艦橋の目と鼻の先をそいつは本当にスレスレで通り過ぎていった。 「なっ! あれは、ドラゴン!?」 「いや、でかすぎる。それに、あんな形のドラゴンなんて見たことがないぞ」 間一髪、突進をかわした東方号の艦橋に動揺が走った。あのシルエットはまさしくドラゴンだ。しかし、火竜山脈に生息する 火竜たちとは明らかに違う。なにより大きさだ。火竜はどうやったって、全長六十メイル近くになるはずがない。 巨大竜はUターンすると、まっすぐ東方号を目指して迫ってきた。その目が光り、オレンジ色の光線が船体に当たって激しい爆発が起こる。 「うわあっ!」 「落ち着け! こんなものではこの船はビクともせん。くっ! 犯人はあいつだったのか」 アニエスは艦橋の窓から憎憎しげに、その巨大なドラゴンの姿をした怪獣を睨みつけた。 怪獣は、光線で東方号に致命傷を与えられなかったとわかると、光線を機関砲のように連射してきた。断続的に爆発が起こり、 さしもの東方号も火炎と黒煙に包まれていく。 「まずい、これ以上はいくら東方号の巨体と装甲でも危ないぞ」 「反撃は!?」 「ムリだ。この船の対空兵装では威嚇くらいにしかならないだろう。いくつか新兵器は積んであるが、今は大勢の乗客を 乗せているときだ。無茶はできない」 交戦を考えるアニエスをコルベールがたしなめた。軍人の性として、真っ先に戦うことを考えてしまうのは仕方ないが、 相手が怪獣クラスの相手では通常兵器では歯が立たないのは嫌というほど思い知っている。魔法でも、近づかなければ 当たりはしない。 ならば、悔しいが打てる手はひとつしかない。 「転進! 全速で逃げろ」 コルベールの命令を、操舵士と機関部員は忠実に遂行した。アニエスは歯噛みしたが、今度は船長と巡礼団長も 逃げることに賛同しているので、多数決の論理は向こうに傾く。 燃え盛る町を背に、「すまない」と後ろ髪を引かれる思いで東方号は船首を翻して逃走に入った。水蒸気機関が全力で プロペラを回し、東方号は巨体からは信じられないほどの速度で飛翔をはじめた。 だが、通常の火竜程度ならば振り切れるほどの速度を出しても、怪獣は少しも遅れずに追尾してきた。 「なんてスピードだ! うわっ!」 光線の直撃で、東方号がまた激しく揺れた。 だめだ、とても振り切れたものではない。奴が、この山脈を縄張りにするドラゴンの一種だとしたら、その範囲外まで 逃げたら追撃をやめるかと思ったが、その兆候はまったくない。 彼らは知る由もなかったが、その怪獣・メルバの飛行最大速度はマッハ六の超音速を誇り、イースター島から日本本土まで ほんの数時間で到達できるほどの能力を持っている。いくら東方号が速かろうと、プロペラでは音速の壁は超えられない。 このままでは、山脈地帯から出てしまう。コルベールやアニエスは焦り始めた。人口の少ない山脈地帯ならまだしも、 町や村の点在するふもとにまで連れてきては不用意に被害を拡大させてしまう。 「航海士! 現地点から、一番人口密度の薄い方面への進路をすぐに策定してください」 「ええっ!? そんなことをしたら、ロマリアへの到着が」 「構いません! 私たちのために大勢の人を巻き添えにすることはできません」 コルベールの信念は強固だった。東方号は傷ついた船体を傾かせて旋回し、メルバはまっすぐに後を追ってくる。 光線での攻撃は続き、東方号の被弾損傷は加速度的に増していく。船内では、ギーシュたちが必死になって消火作業に 走り回り、銃士隊が戦闘にうろたえる新規クルーたちを叱咤していた。 ピンチに陥った東方号。怪獣メルバの攻撃は続き、平和な旅行は一転して火祭りへと変わった。 まだ戦うことのできない東方号。戦闘を想定しておらず、非戦闘員を乗せているために反撃に打って出ることもいかない ジレンマに悩まされるコルベールたち。かつて、怪獣軍団を相手に獅子奮迅の活躍を演じた勇士たちも、手の届かない 場所から一方的に攻撃してくる相手にはどうすることもできなかった。 嬲るように、甲高い声をあげながら光線で東方号を火に包んでいくメルバ。奴の種族は、こうやって破壊を好きにし、 文明を滅亡へと導き、この世界でもそれを再現しようとしていた。 だが、いくら圧倒的な力があろうとも、それだけで人の心は闇に負けはしない。 「この程度のアクシデントなんか、ちょっとしたサプライズパーティみたいなものだ。水精霊騎士隊、気合入れろぉ!」 「おおぉーっ!」 力及ばずとも、戦えずとも戦う方法はあることを彼らは前の旅でしっかりと学んでいた。 火を消し、負傷者を医務室を運び込む。その地味だが重要な仕事を、彼らはしっかりとこなす。できることをやり抜く、 それが苦難を乗り切るために必要なことなんだと信じて。 そう、信じること。それが始まりであり、心の中を光を信じる限り、心は決して折れはしない。 「わたしたちはここで戦う。この船は、決して沈ませはしない。だから、お前の力を貸してくれ!」 愛する者がいる限り、信じる者がいる限り、人は未来の希望に手を届かせるために走り続けられる。 そして、期待に応えるために、光の戦士は今こそ立とうとしていた。 「さて、それじゃあやるかルイズ」 「ええ、この船にちょっかい出したことを後悔させてやりましょう」 東方号の後甲板に立ち、メルバを恐れることなく強い視線で睨みつける才人とルイズ。 メルバの光線がふたりを狙い済ませたかのように襲い掛かり、爆発の中でふたりの身は宙に投げ出される。 しかし、その虚空の中でふたりは手をつなぎ、戦う意思とともに合わせたリングから光を解き放った。 「ウルトラ・ターッチ!」 まばゆい光芒が膨れ上がり、天空の暴君がごとく君臨していたメルバを吹き飛ばした。 光は形を成し、平和の守護神、悪を通さぬ鉄壁の盾、銀色の巨人、ウルトラ兄弟五番目の勇者となって姿を現した。 「ウルトラマンAだぁ!」 東方号の窓という窓から歓声が轟き、信じた希望が無駄ではなかった喜びを響かせる。 けれども、体勢を立て直したメルバはエースを敵と見さだえ、凶暴な叫びをあげて向かってくる。 これは容易な敵ではない。エースは自らの敵を見据え、魂を共有する才人とルイズと共に闘志を燃やした。 〔いくぞ! 用意はいいな、ふたりとも〕 〔おう、もちろんだ〕 〔いつでも、さっさと片付けてロマリアへ行くわよ〕 ウルトラマンA対超古代竜メルバ、火竜山脈を見下ろす空で、大空中戦の火蓋が切られようとしている。 だが、その戦いを、遠くから冷ややかに見守る複数の目があった。 そのひとつはガリアに。 『ほお、やはり現れたなウルトラマンとやら。さて、あの狂信者どもの言うことがどこまで楽しめるか。まずは前座で お手並み拝見といこう』 もうひとつは、ガリアでもトリステインでもないある国で、壮麗かつ清潔な聖堂の中にいた。 『ふむ、ジョゼフは私の言うとおりに仕組んでくれたようですね。ふむ、これまでは我々の存在を悟られては 面倒ゆえに、直接手を出しはせずに見逃してまいりましたが、我々のこれからの計画にはあなた方は障害に なりうることが想像できますからね。ですが、同時にあなた方は利用価値も秘めています。その見極めをさせて もらいましょう。せいぜい、がんばってくださいな』 刹那の平和の期間は終わり、休息の日々は過去に過ぎ去った。 ハルケギニアの、世界の運命をかけた光と闇のウルトラバトルが今、新しく始まろうとしている。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3732.html
前ページ次ページもう一人の『左手』 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 悪鬼のごとき形相で迫るカメバズーカ。 「ぐっ!?」 それを迎え撃とうとするV3の全身に走る、高圧電流のような激痛。 思わず腰が砕けそうになるが、こんな状況で、膝を屈するわけにはいかない。懸命に大地を踏みしめる。 そんな隙だらけのV3の懐に、カメバズーカは一気に飛び込み、その勢いを殺さぬままに、二本の剛腕で、V3の首根っこを、握り潰さんばかりに引っ掴む。 「ちぃっ!」 しかしV3は、カメバズーカの勢いを利用して、柔道の巴投げの形で、怪人を後方に放り投げる。 大地にのけぞって倒れたV3。その彼によって、大地に転がされたカメバズーカ。 だが、そのままむくりと身を起こすカメバズーカを、予期せぬ攻撃が襲う。――彼の足元の地面が、いきなり爆発したのだ。 「がはっ!?」 衝撃波をまともに食らって、カメバズーカがすぐ傍の樹に叩き付けられる。 ルイズが、怪人の足元に転がっていた石に、『練金』をかけたのだ。 「くっ……、何をしやがったズ~カ~!?」 勿論、デストロンの改造人間からすれば、そんな程度の爆発など、物の数ではない。 だが、ルイズの放った、二発の『失敗魔法』の結果は、恐慌状態に陥っていた、キュルケ、タバサ、そしてフーケの、3人のトライアングル・メイジの精神に平衡をもたらすには充分だった。 (魔法が効いてる……? この化物には、魔法が通用する!?) いかに人に畏怖を撒き散らす“ばけもの”といえど、それと戦おうとする者がいる限り、人の心はいつまでも凍てついたままではいられない。『ともに戦う』という選択肢を投げ捨てて逃亡するには、この世界のメイジたちの気位は高すぎるのだ。 フーケが、怪人の足元に『練金』をかけ、両足を大地に埋め込ませる形で動きを封じ、 「今だよっ!!」 そのフーケの声に呼応するように、キュルケが『フレイムボール』を放ち、カメバズーカの甲羅を、紅蓮の炎に包み込む。 だが、それでも、怪人の表情が変わったのは一瞬だけだった。 「ズ~~カ~~、悪いがお嬢ちゃん、こんなヌルい火じゃあ、水ぶくれ一つ作れねえぜぇ」 ――が、その時、フーケが自分に残った最後の魔力で、キュルケの炎に巻き上げられた木の葉を“油”に錬成し、同時にタバサが、特大の『エアハンマー』をお見舞いする。 「なぁっ!?」 急激に、大量の油と酸素を補給された炎は、それこそ爆発的なまでの燃焼を引き起こし、カメバズーカの全身を覆い隠すほどの勢いを見せる。それは普通の人間なら、一瞬で気化してしまうほどの高熱だった。 「やるじゃないか、お嬢ちゃんたち」 「あんたもね、おばさん」 だが、そのキュルケの余計な一言に、フーケがブチ切れる暇さえなかった。 「よし、今のうちだ。全員、早くここから逃げるんだ! アイツは俺が引き受ける!!」 「なっ、何言ってるのよアンタっ!? ここまで来て、手柄を独り占めする気なのっ!?」 そのV3の台詞に、やはりと言うべきか、真っ先に反応したのは、ルイズだった。 さっきの二発の失敗魔法こそが、怪人への反撃の先鞭だったと思っている彼女にとっては、眼前の怪物を追い詰めているとおぼしき今の情況で、敵前逃亡する事は考えられない事だったからだ。 永年、『ゼロ』のレッテルを貼られ続けた彼女は、――無理からぬ事だが――それほどまでに、自らの汚名をすすぐ栄誉に貪欲だった。 「そうよカザミ、悪いけど、いまさらあの獲物を、あんたに譲る気は無いわ」 キュルケも調子に乗って、ルイズの尻馬に乗る。 「人を散々ビビらせておいて、蓋を開けりゃあ、とんだ張子の虎じゃないの」 このキュルケという少女は、こと虚栄心の一事に関しては、ルイズをさらに凌ぐ。 そして何より、自分をこれほど怯えさせた存在が、戦闘を開始してみれば、案外恐れるに足ら無かったという事実が、悔しくて仕方が無いのだ。 その思いは、何もキュルケだけではない。 「まったくね。これじゃあ、私としても、何で腰まで抜かして、こいつから逃げたのか分からないよ」 フーケもぼやくように呟く。 フーケにしても、眼前で、あっさり火だるまになっているカメバズーカを見て、拍子抜けした事は間違いないのだ。 タバサだけが、いまだ鋭い眼差しを怪人に注いでいたが、それでも、油断していないだけで、勝負はついたと判断しているようだった。 ――だが、それでもV3には分かっていた。 自分たち改造人間は、この程度のことで死ぬような、ヤワな存在ではない事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァ!!」 推定一千度以上の高熱で炙られ、完全に活動を停止したかに見えたカメバズーカが、突如、広大な森林に響き渡るような声を轟かせた。 「なっ……!?」 彼女たちは、先程までの余裕はどこへやら、その咆哮を聞いた瞬間に、顔色を失ってしまう。 そしてカメバズーカは、自らを包む巨大な炎球を、内側から弾き飛ばしたのだ。……かつてV3が、コルベール相手にそうしたように。 ――これほどの炎ですら、改造人間カメバズーカを焼き尽くす熱量には、至らなかったのだ。 「危ない!!」 カメバズーカが弾き飛ばした炎球は、一千度に及ぶ高熱を含んだ弾丸となり、四方八方に、放射状に撒き散らされる。 もしV3が、とっさに盾にならなければ、彼女たちは、その炎球破裂の余熱だけで、黒コゲになって即死していただろう。 「きゅいっ!!!?」 数cm大の小さな炎が、仰向けにひっくり返って気絶していたシルフィードを、叩き起こす。だが、その程度の火傷で済んだのは、この風竜にとっても、果てしない幸運だったと言えるかも知れない。 カメバズーカが撒き散らした、高熱の火炎弾は、周囲の木々を一瞬にして火だるまにし、その炎は瞬く間に、燃え広がっていったからだ。 それほどの高熱をまともに浴びたV3である。 いま、怪人から攻撃を喰らえば、例え彼といえど、無事には済まなかったであろう。 だが、カメバズーカとしても、全くの無傷というわけではない。 鱗状の人工強化皮膚は、ところどころ焦げ付き、焼けただれ、ぞっとするような傷痕を晒している。 「ズ~~~カ~~~」 口から、ごほっと黒煙を吐くと、カメバズーカはガクリとよろめいた。 (いま……だ……!!) V3は、怪人と同じく、焦げ痕の残る自らの肉体を引きずりながら、渾身の鉄拳を、硬い皮膚によろわれた、そのほおげたにめり込ませる。 カメバズーカは、悲鳴すら上げられず、暗い森の奥に殴り飛ばされていった。 (くぅぅ……っ) 膝を着きそうになるのを、かろうじてこらえ、V3は振り返る。 「もう一度言うぞ……お前らでは、あいつと戦えない。ここは俺に任せて……逃げろ!!」 「カザミ……」 「――聞け」 V3は、言葉を続けた。 「あの怪人――カメバズーカの体内には、爆弾が仕込まれている。――それも、ただの爆弾じゃない。核爆弾だ」 「かく……爆弾……?」 タバサが未知の単語に反応し、眼鏡を嵌め直すが、フーケはその言葉に思い当たっていた。 「それって、まさか、ガンダールヴの坊やが言っていた――ゲンシ爆弾とかいう……?」 「そうだ。爆発すれば、半径数十リーグ以内の物は、何もかも吹き飛ぶ。何もかも、だ」 「うそ……でしょ……?」 キュルケが呟くように訊き返すが、V3が冗談を言っていないことは、その語調の空気からして、歴然であった。 「今すぐ魔法学院へ飛んで、Mr.オスマンに伝えるんだ。大至急、学院にいる全ての人間を退避させろ、と。分かったな?」 顔面蒼白になりながらも、タバサは頷く。 それを確認すると、V3は彼女たちに背を向けるが、 「待ちなよっ!!」 フーケが、その背中を、怒鳴るように呼び止めた。 「私たちはドラゴンで逃げる。それはいい。でも、アンタは……どうする気なんだい?」 「あいつは俺の――“仮面ライダー”の敵だ。お前らの手を煩わせるわけにはいかない」 その場にいた全員が、その言葉の正確な意味を理解できなかったであろう。だが、この異形の両者の間には、余人には計りがたい深き因縁が存在するのだろう。それだけは分かった。 「ヴァリエール」 「えっ――?」 「平賀に、……優しくしてやってくれ」 目だけで振り向いて、そう答えると、V3は、カメバズーカを殴り飛ばし、転がっていった方向に走り出し、姿を消した。――ルイズには、その背中が僅かだが、寂しく微笑んだような気がした。 「カザミィィィッ!!」 ルイズの叫びを合図としたように、紅蓮の炎に染まる森の奥から、バズーカ砲弾の爆音が響く。 それは、人間には介入できない、改造人間同士の戦闘開始の号砲であった。 ――ズキンっ!! カメバズーカに、地面に放り投げられ、脳震盪を起こしかけていた才人は、ようやく眼を開けた。手首から走る鋭い痛みが、気付け薬代わりになったようだ。 指は――動く。かなりの痛みを伴う事に変わりは無いが、それでも、骨は折れていないようだ。 その事実を、才人は暗澹たるショックとともに受け止める。 改造人間のパワーを以ってすれば、カルシウムの足らない現代人の骨など、文字通りひとひねりだったはずだ。にもかかわらず、おれの右手は無事なままだ。 何故だ。 ――考えるまでも無い。疑問の余地すらない。余りに単純明快な、その答え。 「風見……さん……」 体を起こす。 それに気付いたルイズが、こっちに駆け寄ってくる。 「サイト! 無事だった!? ケガは無い!?」 そんなわきゃねえだろ、と思いながらも、脂汗を流しながら、かろうじて笑って見せる。 「良かった……!」 「ルイズ」 「取り敢えず……取り敢えず、撤退するわよ。こんなところでグズグズして、カザミの志を、無下にするわけにはいかないわ」 「ルイズ」 「急いで! カザミは言っていたわ! あの“ばけもの”が自爆したら、魔法学院さえ巻き込むほどの大爆発を起こすって!! だから――」 「見捨てるのか? ――風見さんを」 その言葉を聞いた瞬間、ルイズのからだは凍りついた。 「風見さんは、お前にとっても“使い魔”の一人だろう?」 「……」 「そんなあの人を、見捨てるのか?」 そう問い掛ける才人の、射抜くような瞳をルイズは、真っ直ぐに正視することは出来なかった。 「……かっ、カザミは……カザミは死なないわっ!! サイトだって知っているでしょっ!? アイツはただの人間じゃない。それに……」 「だからって見捨てるのかっ!?」 「ただ見殺しにするんじゃないわっ!! 今こうしている間にも、あの“ばけもの”が自爆するかも知れないのよっ!! 一秒でも早く私たちは、学院に帰って、みんなを避難させなきゃならないのっ!! それに――」 「いま、ここにいても、私たちに出来ることはない、――か?」 才人に台詞を奪われて、ようやくルイズは彼に向き直った。――駄々をこねるな、と言わんばかりの目で、少年を睨み返す。 「――そうよ。悔しいけど、あの“ばけもの”を相手に戦えるのは、カザミだけ。私たちじゃない。だから私たちは、私たちに出来ることをするしかないの」 「きゅいきゅいっ!!」 むこうで、シルフィードが呼んでいる。 「なにやってるの二人ともっ!! 早く来なさいっ!!」 キュルケが焦れたように叫んでいる。 そう、こんな無意味な口論をしている暇は無い。 一刻も早く、ここから脱出しなければ、純粋に命が危ないのだ。 そんな事ぐらい、才人にも分かっている。 核爆発の威力の凄まじさは、世界唯一の被爆国民たる平賀才人が、この場にいる誰よりも承知しているからだ。 だが、それでも、……釈然としない。あの二人を置いて、自分たちだけおめおめと逃げるなんて出来るわけが無い。特に、彼の“記憶”を知ってしまった以上は。 「ルイズ、確かにお前の言う事は正しい。でも……やっぱり納得できねえ」 「何言ってるのよサイトっ!? 私たちに、他に出来ることがあるわけ――」 「戦いを止めさせる」 「なっ……!?」 「おれが二人を止めて見せる。そうすれば、何も起こらず、誰も死なずに済む」 ルイズには、この使い魔の少年が、もはや何を言っているのか分からなかった。 普通の人間が、まさに怪物同士というべき、あの二人の間に入って、どうやって戦闘を止めさせることが出来るというのだ。 「何ふざけたこと言ってるのっ!! あの“ばけもの”が説得の効く相手だと、本気で思ってるの!? 巻き込まれて、犬死にするのが関の山じゃないのっ!!」 「“ばけもの”って言うなっ!!」 そう叫んだ才人の目は、純粋なまでに真っ直ぐな目をしていた。 ギーシュのゴーレムに、瀕死の重傷を負わされても立ち上がり、カメバズーカ相手にナタ一本で立ち向かおうとした時の、――あくまでも退く事を知らない眼差し。 ルイズは知っていた。 この眼をした才人には、もはや一切の理屈は通用しないという事を。 「あの人は……好きでバズーカや甲羅を背負ってるわけじゃねえんだ。――あの人は」 「サイト……」 「あの人は……人間だ」 言い切るように言うと、才人はそのまま、少女を置いて駆け出した。 二人の改造人間が戦う――いまや炎が逆巻く、紅蓮の森に。 カメバズーカが撒き散らした炎は、いまや瞬くうちに延焼を重ね、月下に森厳と静かにあるはずだった森林は、まるで昼間のように明るかった。しかし、樹木を照らすのは日輪ではない。さながら煉獄のような白熱の炎である。 才人は、ハンカチで口元を覆い、煙を吸い込まないようにして、走った。 もし、こんな山火事の中、方向を見失ったら最後、確実に自分は死ぬだろう。カメバズーカの自爆や、森の延焼に巻き込まれるまでもない。一酸化炭素中毒で、あっさり窒息してしまうはずだ。 だが、それでも、才人には確信があった。 自分が、間違いなく風見の――V3のいる方向に向かっている事を。 そして、自分が話せば、二人が戦うことの無意味さを、必ず理解してくれるであろう事を。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァァ!!」 カメバズーカがV3を、燃え盛る大木に叩きつける。 その衝撃で、稲妻に打たれたように、巨木が縦に真っ二つになるが、そんな程度の攻撃で仮面ライダーが動けなくなるとは、怪人も思ってはいない。――当然V3本人も。 ダメージが残る重い身体を、意地だけで動かし、迫り来るカメバズーカのみぞおちに、前蹴りを返す。 よろめくカメバズーカに、さらにジャンプからのキックを見舞うが、一瞬走った激痛が、半呼吸ほど隙を作ってしまう。怪人は身を翻し、躱されたV3の蹴り足が大地を抉る。 「くっ!」 ――正直、このコンディションでは、格闘戦はキツイ。 V3は、そう思わざるを得ない。 だが、殺意だけで活動しているような、今のカメバズーカを相手に時間を稼ぐためには、近接戦闘が一番確実なのだ。 こいつに考える間を与えてはならない! もし、こいつが通常の“怪人”としての思考を取り戻す余裕を与えれば最後、いつ自爆という確実な手段に出るか分からないからだ。 その時だった。 「――やめろぉぉっ!! 風見さんも平田さんも、もう止めてくれぇぇっ!!」 パーカーのあちこちから、いや頭髪からも白い煙がくすぶらせ、才人が血を吐くような叫びを上げていた。 「ひ、らが……!?」 「小僧……!?」 次の瞬間、V3は反射的に動いていた。カメバズーカから才人を庇う位置に。 「馬鹿なっ!? 何故お前がここにいる!? 俺の戦いを無意味なものにする気かっ!!」 「……ええ、無意味な戦いです。だから、おれはここに来たんです」 そう言うと、才人は、V3の背からすり抜けて、二人の中間地点にに立った。 V3もカメバズーカも、眼前の少年の意図がまるで分からず、呆気に取られている。 「平田拓馬……昭和XX年X月X日生まれ。アマチュアレスリング・フリースタイル、全日本選手権優勝二回。世界選手権優勝一回、準優勝二回」 「おい……小僧……!!」 カメバズーカの顔から表情が消える。 「その後、靭帯を傷めて現役引退。平成XX年、XX大学レスリング部に顧問として招聘を受ける」 「――何のつもりだ……小僧……!!」 カメバズーカの背が震える。 「その3年後、同大学非常勤講師の某女性と結婚。同年、妻との間に長男・拓也誕生。その翌年現住所に自宅購入。その翌年……」 「小僧ぉぉぉっ!!」 もはや、カメバズーカの声は、絶叫と化していた。しかし才人は、いささかもたじろぐ事無く、そんな彼を真っ直ぐ見つめたまま、最後の一言を発する。 「――デストロンに誘拐、身柄を拘禁され、第一次改造人間計画候補素体とされる」 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 カメバズーカは膝を着き、耳を塞ぎ、まるで本物のカメのように小さくなってしまっている。 V3は、そんな“敵”の姿を見て、呆気に取られていた。 「平賀……お前がいま言ったのは……?」 「風見さん」 「……本当なのか。洗脳が……?」 才人が、頷く。 「ここにいる方は、もう“怪人”ではありません。人の記憶と意志をもった人間です。デストロンという秘密結社が、このハルケギニアに無い以上、お二方がこれ以上争う必要はないはずです」 「……」 V3には信じられなかった。 ショッカーやデストロンといった暗黒組織の科学力はダテではない。 やつらが施した“脳改造”という名の洗脳固定は、改造人間本人の生存本能よりも更に上位に、組織の価値を置く。つまり脳改造を受けた者は、いわば、組織という名の宗教の殉教者になるということだ。 それほどの洗脳が、そう簡単に解除されるはずが無い。それになにより、このカメバズーカは自分の存在を確認した瞬間、問答無用で襲い掛かってきたではないか。 だが、そう思う一方で、やはり才人の言う事も一考の余地はあると思っている。 自分とて、召喚される前は半壊していたはずのダブルタイフーンが、復元していたではないか。洗脳によって破壊された、改造人間の自我も復元しないとは、誰が言い切れる? 「確かに……」 カメバズーカは、顔を上げた。 「俺の名は、平田拓馬……俺自身、ほとんど忘れかけていた名だがな……」 「じゃあ、やっぱり、――洗脳は解けていたんですね?」 「ああ。お前が、俺の前で意地を張っているのを見て、その時ようやく気付いたんだ。……自分の記憶が戻っている事にな」 それを聞いて、才人は、顔をほころばせた。 あの時、自分を嬲るように、右腕を捻り上げたカメバズーカが、そのまま才人の手首をへし折らなかったのは、やはり、人としての意識が回復していたからだ。 「だったら、……だったら、もう止めましょうよ! これ以上二人が戦う意味なんて無いじゃないですか!?」 「悪いが……それだけは無理だ」 カメバズーカは、そう言うと、さっきまでと同じ、殺意にまみれた目で、V3を睨んだ。 「コイツは、俺を殺した……俺自身の仇の片割れなんだ。絶対に、許せねえ……!!」 才人は失望しなかった。 カメバズーカの、その答えは、半ば予想できるものだったからだ。 しかし、それでも確認は取れた。もはやここには、組織に狂信的な忠誠を尽くす、“怪人”はいない、と。それが分かっただけでも、充分だった。 だから才人は、この場を静める最後の賭けに出た。 ポケットから、さきほど砕け散ったナタの一部――といっても、かなり大きな破片だったが――を取り出し、自分の首筋に当てた。 「平賀……?」 「――おい、小僧……何の真似だそりゃあ?」 「見た通りの眺めですよ」 才人は、緊張で、頬を引きつらせながら、 「平田さん……あなたの恨みや怒りはもっともだと思います。……でも、でも、それでも敢えてお願いします。――おれの首に免じて、この場は矛を収めてください!!」 「小僧……!!」 「おれに、あんたたち改造人間を腕ずくで止める力は無い。でも、せめて……覚悟ぐらいは……あんたらにも……!!」 そう呟くと、少年は唇をかんだ。 「くっ……」 「ふふっ……」 「くははははははっ!!」 「くっくっくっ……!!」 才人がぽかんと口をあける。 それはそうだろう。いくら何でも、仮面ライダーと怪人が、並んで笑い合っている光景は、視聴者として育った少年には、シュールすぎる“絵”だったからだ。 ひとしきり笑い終えると、カメバズーカは全身から煙を噴出し、見る見るうちに、――人間の姿になった。 筋骨隆々の、体格のいい、五十代の男に。 「まったく、度胸だけは一人前だな、小僧」 「平田さん、――あんた……!!」 V3は驚かない。 ハンマークラゲやテレビバエ、マシンガンスネークといった怪人たちも、人間形態への変身機能を備えていた。ならば、このカメバズーカに同じことが出来たところで、驚くには値しない。 おそらく、この男こそが、改造人間カメバズーカの、世に在るべき、本当の姿なのだろう。 しかし、同じく変身を解いた風見志郎に、男――平田が向けた眼差しは、先程と変わらぬ鋭いものであった。 「今日のところは、小僧に免じて見逃してやる。――だがV3、いつか必ず、俺は貴様と決着をつける。それだけは覚えておけ……!!」 そう言い捨てると、男は才人に、優しい、だがそれ以上に寂しい目で笑いかけ、そのまま森の奥に姿を消した。 燃え盛る炎が渦巻く、金色の森の中へ。 前ページ次ページもう一人の『左手』
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5744.html
前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア 21.最高の盗賊に栄光あれ 最近、才人は家に帰ると自室の押入を開けその中に入る。 オブリビオンの門がそこに開いているのだ。 正確にはヴァーミルナの領域、クアグマイヤーへの門が。 『おお、ぼーやか。おもしろかったぞこれ』 と、ヴァーミルナはご満悦そうに言った。 ドリルが格好良くて怖かったらしい。たしかにそうだ。 「また怖くできそう?」 『ああ。もっともっと怖くできるだろうなぁ』 にんまり顔の彼女はひどく可愛らしい。 そりゃ、才人が頼んだ姿形に変わってくれるのだから当然だが。 「ところで、ここっテさ」 『なんだ?』 「いや、ヴァーみルナが創った化け物とかは見るケど、 元からいルのっておマえだけダよなって思ってさ」 時間が経って二人の仲は良くなった。ヴァーミルナからしてみたら恐怖の情報源であり、 自身の信奉者なのだから、それなりに礼は尽くそうと思っている。 才人からしてみれば、何というか姿形もそれはそうだが、 どこか儚げな感覚が常に付きまとう彼女に、面と向かって見られると、 顔が赤くなってしまったりもする。 それをネタにからかわれたりもしているが。 『ああ、いらないからな。寂しくなんかないぞ。全くな。全然寂しくなんかないからな』 これ以上ないくらい寂しいから、 構ってくれオーラを出しながら言う彼女を見て、 案外、神様っていウのも人間くサい所があルんダな。 頬を膨らませながらも、何もしないヴァーミルナの頭を撫でながら、 そんな事を才人は考えた。 言うべきかナあ。昨日何かコこで出来ないカなト思ったら、 何デか知らないケど俺にも『創レた』っテ事。 『どうした?ぼーや』 「イや、何デもナいヨ」 そんなこんなで、また二人で悪夢の世界を過ごすのだった。 『Welcome to Quagmire』と書かれた霧の町の中の、 綺麗な湖の畔、二人は佇んでのんびりと過ごす。 何もせずにただ、それだけで何となく二人とも気分が良い。 車が湖に落ちた。だが、それが彼にとっての幸せなのだ。 例えそれが妻の望みでないとしても。 才人の精神は摩耗しているかもしれない。 マーティンのような英雄でもない常人の身で、 人でない存在の領域、オブリビオンに居続けるということはどういう事か。 彼はまだ理解できていないのだ。ヴァーミルナは気付いてすらいない。 あいつは、いなくなった。私よりもどこかに消え去る事を選んだ。 エセリウスにすらいない。どこに行ったか未だ分からない。 けど、こいつは。いや、何を考えているんだ私は。 ヴァーミルナに芽生えたそれは、ずっと昔に忘れた感情の一つであった。 アルビオン王国最後の砦、ニューカッスル城。 『イーグル号』と『マリー・ガラント号』は、 その城の隠された港を通り、ルイズ一行は現在、 ウェールズの居室にいた。 ここが王子の部屋?私の寝室よりひどいぞ。 マーティンはそう思いながら、曇王の神殿を思い出す。 北国故食う物はワイン以外悪く、オブリビオンの門を完全に塞ぐ為に、 デイドラ研究の毎日だった。しかしそれでも寝床は、 ちゃんとした皇帝らしいベッドで眠れた。 皇帝直属の護衛部隊である、ブレイズ側からしてみれば、 これぐらいはしないといけない。と考えていたらしかった。 「これが姫からいただいた手紙だ。このとおり、たしかに返却したぞ」 「ありがとうございます」 ルイズが恭しく手紙を受け取ってから、明日の便でトリステインに帰りなさいと、 ウェールズは言った。 「その、殿下。王軍に勝ち目は無いのですか?」 「ああ。万に一つすらね。今我々に出来ることは、勇敢な死に様を奴らに見せる事だけだ」 言いながら笑うウェールズを見て、マーティンはいたたまれなくなった。 自分も、下手をすればこうなっていたのだ。そう思って。 「殿下…この手紙は――」 それは恋文であり、アンリエッタとは恋仲だった。そうウェールズは言った。 ルイズは彼に亡命を勧めたが、結局彼は折れようとはしなかった。 「君は正直だね、ミス・ヴァリエール。だが、亡国への大使としては適任だろう。 もはや我らに隠す事などない。誇りと名誉だけが我々を支えているのだ」 さぁ、パーティが始まる。最後の客である君たちを是非とももてなしたい。 ウェールズの言葉を聞き、マーティンとルイズは部屋を後にした。 ワルドがウェールズに頼み事をして、ウェールズはそれを引き受けた。 「諸君。忠勇なる臣下の諸君に告げる――」 王の言葉がパーティ会場のホールに響く。 彼はおそらく、本心から皆の事を気遣っての事だったのだろうが、 むしろ、余計に明日の最後の戦いへの士気を上げる事となってしまった。 だが、それで良いのかもしれない。 彼らは、もう助けることが出来ないのだ。 もしトリステインに入れてしまったら何が起こる? 貴族派へトリステインを攻め入る口実を作るだけだ。 それに、ここで助ける事ができても彼らはどう生きていけば良い? 最後の最後まで残った彼らは、決して他の王へなびきはしないだろう。 一人の君主に仕える、彼らの意地と誇りを汚そうとする真似なんて、 マーティンには出来なかった。もしかしたら、デイゴンを倒せなかったら、 自身がこのような事を言っていたかもしれないのだ。 だからこそ、マーティンは彼らの勧める物を一つ残らずいただく事にした。 「おお、良い飲みっぷりですな!それでこそ勧めた甲斐があるという物。ささ、もう一杯!」 彼らは、悲しみだとか恐怖を忘れ、どうやって格好良くあの世へ逝くかを考えているのだろう。 この雰囲気は北の街『ブルーマ』近く、決戦場と今では呼ばれる、あ のデイゴンの軍隊と戦った時の空気と殆ど同じだった。 勝てるかどうか。そんな事は全くもって分からなかった。 だが、勝たなければ定命の存在全ての命が脅かされてしまう。 勝つ他無かった。あの時も友がいたからこそ何とかなったな―― 昔を思う。皆と、かの英雄がいたからこそ上手く行ったのだな、と。 ふと、辺りを見回してみると、ルイズの姿が見あたらない事に気付いた。 おそらく、この空気が嫌になったのだろう。分からないでもない。 だが、ワルド子爵も気付いたらしい。私に礼をすると、 彼女を探しにホールから出て行った。 気が付いたら、隣にウェールズ皇太子がいた。 「人が使い魔というのは珍しいものですね」 「いやはや、トリステインでも珍しいそうですよ」 違いないでしょうね。ウェールズは笑った。心からの笑みだった。 彼も恐怖が無いわけではない。ただ、忘れて進もうとしているだけだ。 だから彼は司祭だという彼に祈って欲しかったのだ。 「貴男の様な若い方に先に逝かれるのは聖職者としてでなくても悲しい事です」 「そうですかな?けれど、おそらく私たちは祖先の下へ行く事が出来るでしょう。祈って下さいますか?明日の為に」 「その、私はこの辺の国の司祭では無いので――」 おお、とウェールズは驚いたらしい。目を見開きしっかりとマーティンの顔を見た。 「いや、失礼。では、あなたの国の神でも構いません。祈ってくださいますか」 「ええ、分かりました。九大神よ、民草を守り導いた戦神タロスよ。どうかこの者達にご加護をお与え下さい…」 マーティンの古い祖先、タイバー・セプティムが神格化した存在、タロス。 北の竜の異名を持つ彼は死後、神格化して後戦いの神となり、 旧八大神に加わって、今のタムリエル帝国の国教『九大神』に奉られる神の一つとなったのだ。 「ありがとう。始祖と更に異国の神の加護を得られたのだ。 明日の戦は敵に目に物見せることが出来るだろう。感謝するよ。ミスタ・セプティム」 どういたしまして。本来なら負け戦になんてなって欲しくないが、 しかし、もうどうしようもないのだ。ほんの少しの人間で、 どうすれば大勢の敵にかなうと言うのか。 マーティンは、ウェールズが遠のいた後、 自分の寝床はどこかを給仕に尋ねていると、ワルド子爵に肩を叩かれた。 「マーティンさん。すこしお話したいことが」 「ええ。どうかしたのですか?ミスタ・ワルド」 ウェールズ皇太子を仲人に、明日結婚式を挙げるとの事だった。 勇敢な戦士、もしかすれば英雄になりえる者からの祝福は、 とてもありがたい物だ。マーティンはそう思い、 邪魔者にならない様に先に帰るべきか聞いた。 「いえ、問題はありません。グリフォンでも滑空で帰りますから」 それならあまり労力を使わないで帰ることが出来るらしい。 なるほど。そういう事なら出席しよう。マーティンはホールを離れ、 今日の寝床へと、ロウソクの燭台を持ちながら進んだ。 嗚呼、何故己はこうなのであろうか? ジェームズ王は、ベッドの中一人ため息をついた。 いつも、いつも自分の行いたい事を伝える事が出来ぬ。 思えばモードの時も―― 「夜分遅く、申し訳ありません陛下」 何人かの従者が困惑する中、扉から男が現れた。 嗚呼、なるほどな。王はこの男を見たことが無かったが、 おそらく先ほどのパーティで、 本当の所逃げたいと言いたかったのだと思った。 熱狂とは怖い物だ。いつだって正常な思考判断を無くしてしまう。 何故、私はこの様な事ばかり…己が無能だからだな。 コホンと王は咳をして、人払いを命じた。 立ったままの男と、ベッドに入った王が対峙する。 「用件は、先ほどの席の話かね?」 「いえ、プリンス・モードについての事です」 心臓が、凍った。 「な…」 「娘がまだ生きているのです。そして、何故かような事をしたのか、何があっても聞いてきて欲しいと」 ああ、そうだった。何が王に続くが良い、だ。 自身に戦場で散る様な名誉が、 残っているはずなかろうというのに。 「ああ、全て話そう。何があったか。全てをな」 マーティンが廊下を歩いていると、ルイズが廊下の窓を開けて、 月を見ているのを見た。涙を流している。 マーティンは何も言わず、彼女の近くへと行った。 ルイズは彼に気付いて、どうにか泣くのをやめようとしたが、 止めどなく涙があふれ出し、どうにもやめることが出来なかった 「泣きたい時は泣けるだけ泣いた方が良い。後で泣かなかった分後悔するからね」 優しく諭すようにマーティンは言った。 ルイズはマーティンに抱きつき、声を上げて泣き出した。 彼はルイズの頭を優しく撫で続けた。 少し落ち着いたらしい。ルイズが口を開いた。 「いやだわ…あの人たち…どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが逃げてって言ってるのに、 恋人が逃げてって言ってるのに…」 「逃げたとして、どうするね?」 「トリステインで、匿えばいいじゃない。バレたりしないわ」 「彼らも貴族だよ。誇りや意地を無くす事は出来ない」 それでも、それでも。とルイズはまた泣きそうになって言う。 よしよしとマーティンは頭をなで続けた。 ルイズも理解はしている様だ。ただ、 それを是とは何があろうとしたくないのだろう。 当たり前だ。どうして今日知り合った友人の死を許すことが出来るか。 だが、どうしようもないのだ。本当に、どうしようもないのだ。 「それが、真でございますか」 真実が語られ、沈黙に包まれた寝室の中、見知らぬ者が小さく言った。 「うむ。さぁ、朕を討て。あの娘にはそれをするだけの理由がある」 「何か勘違いしておりますな。陛下」 男はニヤリと笑った。 「何が違うと言うのか。汝は朕の命を狙いにあの娘から頼まれたのであろう?」 「残念ですが、命を盗む事は我らの流儀に反するのです」 「何…盗むだと?」 男は灰色頭巾を被った。途端に王の顔色が変わる。 「き…貴様まさか!!」 「待たせたな!と言うべきだろうかな。テファにあんたと王子を助けろと言われて来たのだ。手ぶらで帰る気は全くないぞ?」 グレイ・フォックス。彼が起こすは不可能な任務の成功劇。 やがて起こる、一連の伝説的な時代の幕開けを飾るとも言えるこの事件は、 後の世では歌劇として親しまれた。灰色狐の伝説が、今また一つ書き記されようとしている。 クエスト『灰色狐の強奪』が更新されました。 前ページ次ページジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8393.html
前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 『このメールが無事にPCに届いている事を、 そして君がこのメールを無事に読める状況にあることを願って。 才人くん、元気にしているだろうか。 「そちら」が「こちら」の時間が同期しているかどうかはわからないが、君がいなくなってから「こちら」では約半年が経過している。 今更言う事ではないのかもしれないが、今君がいる場所は「地球」ではない。 俗な言い方をすればいわゆる「異世界」と呼ばれる場所だ。 君達の常識では考えられないことかもしれないが、この世にはそういった常識の「外側」が存在する。 君が今いる異世界もそうだし、君が今まで生きてきた地球も例外ではない。 かくいう俺自身も、そういった「外側」を知りそこに生きている人間でもある。 ご両親から君が行方不明になった事を聞いた時は、正直驚いた。 だが、君が俺の修理したPCを持ったまま行方を消した事が不幸中の幸いだった。 ……実は、君のPCにはちょっとした遊び心で改造を施してあったのだ。 いわゆる「外側」の技術を使ったものだ。 まあ充電不要になるとかちょっぴり余分な機能がついている程度で普通に使う分には気付く事もないようなものだ。 ただ……いやなんでもない』 ※ ※ 「イノセントのPCを魔改造してんじゃねえよ……」 「き、気になる所で切んないでよ叔父さん! ただ何なんだよ!?」 『なに、ちょっと特殊な操作をするとボーンと爆発するだけだ。あまり気にするな』 「メールが返事すんなよっ!? っつうか自爆装置とかつけんなよ!?」 「お、俺のPCにそんなロマン機能がっ!?」 ※ ※ 『話を本題に戻そう。 とにかく、そんな訳で君のPCには俺謹製の処理が施されてあったのだ。 行方不明という事を知った後、俺はそれを頼りに独自に捜索を行なった(GPS的な用途に使ったと思ってくれればいい)結果、君が地球ではなく別の世界にいるという事を突き止めた訳だ。 ……突き止めたまではよかったが、そこからが問題だった。 君がいる「場所」はわかったのだが、そこに辿り着くことができなかったのだ』 ※ ※ 「……」 メールを見ながら柊は眉を潜めた。 文面のそのフレーズは以前にフール=ムールが言っていたのとほぼ同じなのである。 ――見つけたところで喚ばれぬ限り"辿り着く"ことはできない。 (どういう事だ? ファー・ジ・アースの人間はこっちに来れない理由があるのか?) フール=ムールはそれを『ここがハルケギニアだから』と言っていたような気がする。 この世界は主八界とか関係ない『外世界』ではなく、ファー・ジ・アースと何らかの関係がある世界なのだろうか? 答えの出せない疑問を胸に浮かばせながら、柊はメールを読み続ける。 ※ ※ 『俺のできる限りの知識やコネを使ってそちらに繋がるゲートを作ろうと試みたが、それは叶わなかった。 そもそもの話、「外側」の技術で君達イノセント(外側を知らない一般人)に対して過度の干渉をする事はあまり薦められた行為ではない。 俺が取引した、ゲートを作り得る技術を持った組織もその趣旨は例外ではなく、組織のトップにいる人物はその点に関して殊に厳格だった。 結果としてゲートが繋げられない事実が判明すると早々に捜索は打ち切られてしまった。 こうして君にメールを送ったのは苦肉の策、あるいは最後の手段だった。 無事に届くという保障はないが、何もしないよりはマシだろう。 長々と書いてしまったが、結論としては「こちらからは君を助ける事ができない」という事になる。 そう結論付けることしかできないのは非常に心苦しい。俺の力の及ばなかったことを許して欲しい。 無責任な言い方かもしれないが、決して諦めないでくれ。 俺や君の御両親、君の友人。そういった人達が君の戻ってくることを待っている事を忘れないでくれ。 彼等は君と同様イノセントなので事情を明かす訳にはいかず、とりあえずは俺の勤めているミーゲ社の所在地……つまりドイツに留学という形で処理している。 だから君は何も心配せず、ただこちらに戻ってくる事にだけ頑張って欲しい。 故意にせよ事故にせよ、こちらとそちらを繋ぐゲートが存在した以上、必ずそれを作る手段があるはずだ。 それに、君は覚えていないだろうが、君には以前からこの手の「外側」に対する適応力が見て取れていた。 だから俺は、君が今の状況を受け入れそして乗り越える事ができると信じている。 再び君と会える日が来ることを、心から祈っているよ』 ※ ※ ※ 「……叔父さん」 サイトはわずかに顔を俯かせ、手の甲で目元を拭った。 一緒にメールを読んでいた柊が、力強く肩を叩く。 「大丈夫だ。俺も手伝う。俺もこの十蔵って人と同じウィザード……『外側』ってのを知ってる人間だから、力になれる」 「……うん」 ありがと、と呟くように言った後サイトは改めてメールを見やった。 そして柊に眼を向け、尋ねる。 「俺のこと、ドイツに留学って事にしてるみたいだけど……」 懇意にしている親戚ではあるが、基本ドイツに在住している十蔵にすぐに連絡がいくという事はあまりないはずだ。 つまり十蔵がそれを知ってサイトの事情を調査し、そして対応するまでに行方不明という事はそれなりに広まっているはずだ。 果たしてそれで誤魔化せるものなのだろうか。 すると柊は腕を組んで少し考えると、 「多分記憶処理かなんかだろうな。地球じゃそうやって『外側』の事を知られないようにしてるんだよ」 「き、記憶処理って。それじゃ……」 「……。お前は最初っから行方不明になんてなってなくて、単にドイツに留学してるからいないだけ……って周りの人達は思ってるってことだ」 「そんな……」 幾分申し訳なさそうに柊が言うと、サイトは顔色を失って肩を落とした。 「けど、親御さんとか友達に行方不明だって心配かけるよりはずっといいだろ?」 「それは、そうだけど」 理屈としてはそれは理解しているし、心情としてもそういった人達に心配をかけたくない、かけずにすむ事になって安堵しているというのは確かにある。 だが、その一方で自分がこんな事になっているのを知らず、自分がいない事に疑問も抱かないどころか気付いてさえいないという事実に、まるで見捨てられたような感覚も覚えるのだ。 矛盾した感情を上手く処理する事ができずに、サイトは呆然とメールの開かれたディスプレイを見つめることしかできなかった。 柊はそんなサイトを見やって口を開きかけたが、上手く言葉にできずに黙り込んでしまう。 部屋に下りた沈黙を破ったのは、搾り出すようなか細い少女の声だった。 「……サイト」 「テファ?」 振り返って彼女に眼を向け、サイトは眼を見開いた。 椅子から立ち上がり、しかし近寄りがたいように立ち尽くしてサイトを見やる彼女の顔は酷く翳っていて、今にも泣きそうに見えたのだ。 「その手紙……みたいなの、私には読めないけど……家族の事が書いてあったの?」 「あ……うん。まあ……」 サイト達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様、ティファニア達には地球の文字が読めないのでメールの内容はわからないだろう。 だが、その後の柊との会話でなんとなく類推することはできたはずだ。 誤魔化すこともできずにばつが悪そうにサイトが答えると、ティファニアは顔を俯けてしまう。 「ごめんなさい……」 「……テファ」 「私のせいだよね? 私がその地球からサイトを召喚しちゃったから、サイトは家族とも離れ離れになって……」 「い、いや。テファのせいじゃないって。別にわざとやった訳じゃないし、俺だって何も考えないで馬鹿みたいな事しちゃったからこうなったんだし」 サイトは慌ててティファニアに駆け寄ると、宥めるように肩に手を置く。 すると彼女は俯いたままサイトに身体を寄せて、顔を彼の胸に埋めた。 ――泣きそう、ではなかった。 サイトの胸にしがみつく様に身体を寄せる彼女は、泣いていた。 「ごめんなさい。私にできること、何でもするから。虚無の魔法っていうのも、覚えられるようがんばるから」 ティファニアはサイトに顔を向けないまま、肩を震わせて言う。 「――メロンちゃんとかもやるから」 「いや、メロンちゃんはもういいから!?」 マチルダの殺気が膨らんだのを察知して、サイトは慌ててティファニアの両肩を掴んで引き剥がす。 そしてサイトは見上げる彼女を真っ直ぐに見据え、ふっと笑って見せた。 「大丈夫だよ、テファ。柊も協力してくれるし、どうにかなるって。父さんとか母さんの事だって、叔父さんが上手くやってくれてるって書いてた。だからテファが心配することなんてない」 なおも不安そうな表情で見つめてくるティファニアの視線を受けてサイトは一瞬言葉につまり、そして少しだけ眼を反らしながら照れ臭そうに呟いた。 「だから、その……テファにそんな顔されてる方が、困る。テファは笑ってる方が似合うと思うし……その。ほら、俺、使い魔だから、テファのこと守るのが仕事だから、俺が泣かしたみたいなのは……」 「……サイト」 少し前にマチルダに似たような事を言ったのを思い出して口に出してしまったが、気恥ずかしくなったのかサイトは次第にしどろもどろになって最後には完全にそっぽを向いてしまった。 ティファニアはサイトの言葉を胸の裡で反芻すると、僅かに頬を染めてくすりと笑みを浮かべた。 それを見てマチルダは口の端を歪めてふんと鼻で笑い、柊もにやにやとした表情で「言うなあ」と零す。 周囲の反応を見やってサイトは羞恥に顔を染めた。 「か、勘違いしないでよね! これはただの使い魔の仕事なんだから!」 「なんでそこでツンデレなんだよ!?」 呻くように叫んだサイトにすかさず柊が突っ込むと、テファは今度こそ声を漏らして笑った。 沈殿してした空気がどうにか持ち直した事に柊は安堵を覚えつつも、 (……ルイズもこれくらい協力的だったらなあ) 僅かばかりの羨望を感じてしまった。 しかしよくよく考えてみると、ルイズは柊に対してはともかくエリスに対してはそれなりに柔らかい対応をしているし、エリスもうまくやっているようだった。 (もしかしてぞんざいに扱われてるの俺だけなのか……?) なんとなく釈然としない気分になった。 柊は気をそらすようにしてノートパソコンに眼を移し、サイトに声をかける。 「サイト。他のメール、いいか?」 「え? あぁ」 言われてサイトも思い出したかのように再びノートパソコンへと歩み寄る。 十蔵からのメッセージはあれで終わりだったが、送られてきたメールは一つだけではない。 残ったメールには全て添付ファイルがついているというのも気になる所だった。 サイトは二番目に送られてきたメールを開いた。 ※ ※ ※ 『追伸。 君を救出する事は叶わないが、せめてもの力添えをしたいと思いコレを送る。 もし君のいる世界が平穏に満ちた場所であったのなら、コレは無用の長物だ。 場所を取って大変邪魔になるので、このままファイルを開かずに放置しておいた方がいい。 だがもしそうでないのならば、コレは君の力になってくれるはずだ。 コレは君の翼だ。君にはコレを扱う「資格」がある。 俺の翼は既に折れてしまったが、君ならば俺の届かなかったあの蒼穹の果てにも辿り着けるだろう。 君に戦乙女の加護のあらんことを。 平賀 十蔵 』 ※ ※ ※ 「……なんだ?」 書かれている内容がいまいち理解できずサイトは首を捻ってしまった。 ちらりと隣の柊を覗いてみたが、彼もまた眉を潜めている。 ただ、その表情はサイトのように意味がわかっていないというのではなく、何事かを考えているようでもあった。 「どういうことか、わかる?」 「……なんとなく」 サイトの問いかけに柊は呟くように返した。 サイトの状況を理解していてこの内容だとすれば、おそらく送られてきたという『何か』はウィザードの技術を使ったものなのだろう。 更に言えば、文中で書かれていた通り『平穏でない場合に力添えになる』ものでもある。 添付ファイルで送られてきたという事はおそらくその中身は術式プログラムである可能性が高い。 術式プログラムとは回復魔法などと言った魔法技術を電子プログラム化して軽量化と効率化を図ったもので、中には魔術書一冊が丸々プログラム化してメモリの中に封入してある事さえある。 しかし、この術式プログラムをインストールするためには機器に《メモリ領域》という専用の記憶媒体が必要になるのだ。 これはかなり特殊な技術であり、柊やエリスの0-Phoneにすら搭載されていない。 「イノセントのPCにどこまでやってんだよ……」 普通に使う分にはまず気付かれない範囲とはいえ、いくらなんでもやりすぎな改造に柊は嘆息した。 そして不思議そうに覗き込んでくるサイトに眼を向けると、肩を竦めて見せた。 「まあ、お前の叔父さんが信用できる人なら悪いもんじゃねえだろ。開いてみればいいんじゃないか?」 「……んじゃ」 僅かに逡巡した後、サイトは添付ファイルを開いた。 ――同時にディスプレイ上にある全てのウィンドウが閉じ、画面一杯に新しいウィンドウが開かれる。 その直後、まるで滝のように意味のわからないプログラム言語が流れ出した。 「う、うわあっ!? な、なんだコレ!! ウィルスとかじゃねーの!?」 「俺にもわかんねえよ!」 怒涛の勢いで溢れ流れる文字群にサイトは思わず身を強張らせる。 処理が追いついていないのだろうか、PCがガリガリと嫌な音を立て始めた。 「大丈夫なのか? 本当に大丈夫なのか!?」 「だからわかんねえって――」 サイトが泡を食って柊に詰め寄ろうとした時、PCに更なる異変が起こった。 流れ続けるプログラム言語はそのまま、ディスプレイ上に淡く光る魔方陣が描き出されたのだ。 「お、俺のPCがァーーっ!?」 「さ、サイトちょっと下がれ!」 柊はサイトを引き摺るようにして後ろに下がらせて、PCとの間に立ち塞がるように位置取った。 危険はないとは思うのだが流石に不安になり、月衣からデルフリンガーを取り出すか数瞬迷う。 と、その間にPCの異音がぴたりと止まり、それと共に流れていたプログラム言語も停止した。 ディスプレイ上で淡く明滅する魔方陣に眉を潜めながら、柊はPCを――画面一杯に陳列するプログラム言語を凝視する。 この手の知識がない柊にはその内容も意味も全く理解できなかったが、かろうじて読み取れる単語を見つけ出した。 「ガーヴ……月衣?」 改めて画面を見渡すと、その単語がいくつか散見できる。 という事は、このプログラムと魔方陣は月衣に関する何かなのかもしれない。 サイトやティファニア、マチルダが言葉も失って呆然と見やる中、柊はPCに歩み寄ってディスプレイに手を伸ばした。 五指が液晶の画面に触れ――その手が画面の中に入り込む。 「な、なにしてんだ!?」 「……多分、この『中』に十蔵って人が送ってくれた物が入ってる」 「中ぁ!?」 この魔方陣はおそらくガンナーズブルームの圧縮弾倉と似たような代物なのだろう。 それをプログラム化して送ってくる辺り、平賀 十蔵というウィザードはかなり優秀な技術者のようだ。 「……あった。コイツは――」 中に収納されている『何か』を掴み取り、次いで眉を顰めた。 そして柊はソレをしっかりと掴んだまま引きずり出す。 魔方陣の中から現実の空間に顕れたそれは――巨大な剣だった。 「やっぱり、ウィッチブレードか」 ガンナーズブルームを始めとしたウィザード達が用いる『箒』――その中でも近接戦闘型のモノだ。 現在柊が所有している一世代前のガンナーズブルームはどこか機械的で無骨な印象があるが、こちらは現行型で全体的に洗練されたフォルムを持っている。 「す、すげえ……」 完全に現出したウィッチブレードを凝視しながら、サイトが感嘆にも似た声を上げた。 これまで呆気に取られるしかなかったマチルダは、やはりどこか呆然と言った態で呻く。 「……一体なんなんだ、それは……」 「箒……あー、『破壊の杖』の同類みたいなもんだよ」 「破壊の杖? 全然似てないじゃないか」 「用途が違うだけで同じ系統のモンなんだよ。あっちは『銃』でこっちは『剣』」 言いながら柊はウィッチブレードを起動させる。 反応を示す音と共に重低音が響き渡り、後部スラスターから淡い魔力光が零れだした。 動作は特に問題なさそうだ。 おおおー、と感動した面持ちで歓声を上げるサイトを他所に、柊はウィッチブレードの状態を確認していく。 オプションスロットには姿勢制御用のスタビライザと、出力上昇用のエネルギーブースターがいくつか。 いわゆるフル装備という奴である。 イノセントにどこまでやる気なんだよ、と柊は眉を顰めながら各部位をチェックし、 「……なんだこりゃ?」 思わず上擦った声を上げてしまった。 この箒、外見上はウィッチブレードに属するそれなのだが、中身がまるで別物で性能も奇妙な代物だった。 まず、スペックでいうと現行のウィッチブレードをかなり上回っている。 柊の知る限り現行の箒の中では最上級とされる『エンジェルシード』と比較しても遜色ない……どころか、それすら凌駕しているといっても過言ではない。 ――のだが、『制限機動』というモード設定によって出力と一部機能にリミッターがかけられている。 しかも肝心要のコアユニットが現行のウィッチブレードと同一規格なので、スペックを十全に発揮するには出力が圧倒的に不足していた。 例えていうならF1のレーシングカーに普通車のエンジンを載せているようなものだ。 通常のウィッチブレードと同程度の性能は発揮できるとはいえ、これでは竜頭蛇尾もいいところではないか。 「試作機……未完成品ってところか」 言いながら柊がウィッチブレードを軽く振るうと、剣身に通常の魔導具に用いられる魔術刻印のルーンとは異なるサインを見つけた。 記された文字は『VALKYRIE-03』。 「ヴァル……ヴァルキューレ03? この機体の名前か?」 ナンバーが振ってあるという事はあるいは何らかのシリーズのコード名なのかもしれない。 そんな事を考えていると、サイトが弾けるように叫んだ。 「ひ、柊! それ、見せてもらってもいいか!?」 「お、おう。まあ元々お前用に送られてきたんだしな」 好奇心を抑えきれないといった様子のサイトに少し気後れしながらも、柊は念のためウィッチブレード――ヴァルキューレ03を機動停止させてサイトに手渡す。 歓声混じりで子供のようにヴァルキューレ03を手に取り、あちこち観察するサイトを柊は嘆息しながら見つめた。 「うおー、すげー! かっこいい!!」 「馬鹿、振り回すんじゃない! 玩具じゃないんだよ!」 実際に『破壊の杖』の挙動を見た事のあるマチルダが抗議交じりに柊を見たが、彼は軽く手を振った。 「機動した状態じゃなきゃ単なる馬鹿でかい鈍器だから、あの時みてえな事はできねえよ」 言って柊は改めてPCに向き直った。 箒を取り出した事で再起動がかかったのか、PCの画面はウィンドウの開いていない初期の状態に戻っている。 メールソフトを開いてみると、添付ファイルの着いた複数のメールの内最後の物以外は全て開封済みになっていた。 唯一の未読メールを開いてみると、それは箒の取り扱いについてのマニュアルだった。 ふと思い立ち、柊は先程の月衣もどきが機動したプログラムを再び起動してみる。 しかしファイルの破損によりプログラムは実行されなかった。 どうやら内容物を取り出した事でプログラムだかステータスが書き換わってしまったようだ。 複製は不可能なのがわかって柊は軽く舌打ちする。 そして柊はしばし何かを黙考した後―― 「サイト」 「え、なに?」 「……大事な話がある」 努めて真面目な表情で柊が言ったので、浮かれ気味だったサイトも僅かに眼を見開き黙り込んだ。 そして柊は重々しく口を開く。 「お前、確かルーンがガンダールヴって言ってたよな?」 「あ、うん。何かブリミルがどうとか伝説の使い魔だとか」 「そうだな。伝説の使い魔って話だったな。……伝説の使い魔だったら、使う武器もそれにふさわしい伝説の武器の方がいいと思わねえか?」 「え? そりゃまあ、それもお約束だしなあ」 「そうだろうそうだろう。そこでお前にいい話がある」 「い、いきなり胡散臭くなったぞ」 「まあそう言うなよ」 言いながら柊はおもむろに月衣からデルフリンガーを引っ張り出した。 『なんだ、やっと出番か? 待ちくたびれたぜ……いや、月衣の中じゃ時間経過とかあんま関係ねーんだけど』 「け、剣が喋った!?」 驚きを露にするサイトをよそに、柊は至って真面目にサイトに語りかけた。 「こいつはデルフリンガー。かつてガンダールヴが使っていたという伝説の魔剣だ。訳あって今は俺が使ってるが、 やっぱ伝説の剣は伝説の使い魔が使うのがふさわしいと思うんだ。デルフもそう思うだろ?」 『なんだ、その小僧ガンダールヴなのか? まあ確かにガンダールヴ用の能力もあったような気もするが……』 「そんなのあったのか」 『多分』 「そうかそうか、なら話は早ぇ」 そして柊は気持ち悪いくらい朗らかにサイトに笑いかける。 「デルフもこう言ってるし、こいつを本当の意味で使いこなせるはお前なんだ……そう、お前だけだ!」 「お、俺だけ……!?」 超嬉しそうに声を上擦らせるサイト。 何故かデルフリンガーも嬉しそうに声を上げる。 『こ、これはアレか? 俺様の真の所有者を巡って争いが勃発!? やめて、俺様のために争わないで!!』 そして柊が畳み掛けるようにサイトに詰め寄った。 「そんな訳だからコイツとその箒を交換してくれ!」 「ヤだ」 『またしても即答!』 「チッ!」 デルフリンガーが愕然と叫び、柊が忌々しげに舌打ちする。 「いいじゃねえかよ! 今から箒の使い方覚えるよりも普通の剣の方が扱いやすいだろ!?」 「ふっ……よくわかんねえけど、ガンダールヴのルーンがあると武器の使い方がわかって身体も軽くなるんだよ。だから全然問題ないし。何なら今からコイツを起動させてやるぜ?」 「くっ……なんだよそのインチキくせえ能力!」 悔しそうに、そして羨ましそうに顔を歪める柊にサイトは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。 「それにこれは叔父さんから貰った大事なモンだし! 喋るのは珍しいけど普通の剣よりこっちの方が格好いいし、強そうだし!!」 『……おい小僧』 意気揚々とヴァルキューレ03を掲げてのたまうサイトに、酷くくぐもったデルフリンガーの声が響いた。 「あんだよ」 『屋上。……じゃねえ、表に出ようぜ……久々にキレちまったよ……』 わなわなと震えた声でデルフリンガーはそう漏らし、次いで爆発したように叫びだした。 『外面ばっかで選んでんじゃねえよこのボケッ! 男だったら中身で勝負しやがれ!』 「いや中身でも圧倒的にあっちのが上だろ」 『やかましい! とにかく、テメェみてえなド素人のガンダールヴに使われるぐれえなら相棒の方が百万倍ましだってんだよ!!』 柊の突っ込みを無視して喚き散らすデルフリンガーを、サイトは流石にこめかみを引くつかせて睨みつける。 「なんだよ、喧嘩売ってんか? ……上等じゃねえか。古臭え伝説に現代の戦術って奴を思い知らせてやるよ」 『やってみろよ。新しいモン好きのバカガキに伝説の信頼と実績って奴を見せ付けてやらあ』 お互いに顔(?)を突きつけてにらみ合う一人と一本を見ながら、柊はおずおずと手を上げる。 「おい、おかしくねえか? その流れで行くならデルフを持ったガンダールヴのお前が箒持った俺とやるのが正しいだろ?」 「細かいことはいいんだよ!」 『もう何がなんだかよくわからねえがとにかくそういう事なんだよ! おら、行くぞ相棒!』 「またこんなかよ!」 召喚されて早々にギーシュとの決闘に巻き込まれた事を思い出し、柊は思わず叫んでしまうのだった。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1377.html
前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~ ある日 グランパに剣を買ってあげるために町へ出た。 正直、頼めば1時間で作ってくれそうな気もしたが、ご主人様としてのプライドがある。 町へ行くのに『さいどかー』というものを使った。いわゆる鉄の馬だ。 さいどかーを動かしたのはあの桃髪のメイドだった。なんでも恩返しらしい。 あと、さいどかーにも乗ってみたかったらしい。 「私がコイツに命を吹き込んであげます!」 乗り込むとメイドは顔つきが変わった。さいどかーはすごく速かった。 町へ行くとそこかしこにBALLSを見かけた。 町の人たちはすでに違和感を持っていないとのこと。 平民に字を教えたり、食料の配給を行ったり、仕事の斡旋をしているらしい。 なんだかわからないが、役に立つならそれでもいいか、といったスタンスらしい。 金のBALLSを見かけると今日は1日ラッキーであるという迷信まで生まれる始末。 さて、武器屋。 行ってみたがどの剣も高い。平民の年給があっさり飛ぶほどだ。 これなら1時間で作ってもらったほうがいいだろうか? 一番安く、おでれーたを連発するインテリジェンスソードを買った。グランパが気に入ったみたいだし。 グランパ曰く、知類皆兄弟らしい。 剣知類デルフリンガーってなによ? 「相棒の国じゃ俺みたいなのでも人権があるのかい。おでれーた」 私もおでれーた。 次の日 今日は授業。教室はこないだリフォームされたところだ。 コルベール先生の授業で『えんじん』なるものが出てきた。 機械で物を動かすというもので、魔法はいらないものらしい。 でも、私たちは普段からもっとすごい機械を見ているような気がするんですけど……………。 具体的に言えば今ここにいる教室とか。 みんなそう思ったのか、えんじんのすごさが浸透しないので、コルベール先生は必死にかまって状態だった。ハズした芸人みたいだ。 と、思ってたらBALLSが今朝部屋に増えてたアレを持ってきて、えんじんと繋いでた。 「はい、これで魔法を使わなくても涼しいですね~~」 たしか『せんぷうき』といったか。 たしかに風は来るが、燃焼するえんじんの熱のおかげで熱風だ。意味ネエ 大いに改良の余地ありだ。蛇がぴょこぴょこよりは良いだろうが。 こるべーる先生はグランパとしばらく話し込んでいて、自習と言ってでていった。 あんまり暇だったんで教室の机のゲームを使ったゲーム大会が開かれた。 するとBALLSがえんじんより面白いPCえんじんを持ってきた。 キュルケ曰く、私は遊びで負けると怒るタイプで、賭けで負けるとムキになる遊びに向かないタイプだそうだ。 よって私の成績はブービー、最下位はチョンボしてハコのギーシュ。 机のゲーム側を見るとタバサがまいんすいーぱで9秒台出してた。スゲエ。 マリコヌルが負けじと6秒台出した。なにその無駄な才能。 ポ~~~ン コルベールが研究室で倒れました。 またやったか。最近2日に1回は倒れてる。教師ってのはなんて激務なんだ。 コルベール先生との密談は、 グランパがメイドと相談した所、えんじんで車や飛行機は作れるが、環境汚染のことを考えると必要でない限りあまり多く作るものではないとしたらしい。 少なくとも今は馬車や船があって流通そのものはうまくいっているかららしい。 変に発展させると馬や船を潰さないといけなくなるかららしい。 なんでメイドと相談するのよ!? ある日 授業でギトー先生が風強ス風強スと威張っていた。 それでわざわざキュルケを挑発してコテンパンに伸したりしていた。 なんかムカついたのでBALLSに命じて教室内の金属防壁をON。 下から競りあがった金属板は見事にキトーをヒットし、悶絶させた。 そこに変なヅラをかぶって駆け込んでくるコルベール先生。 なんでも使い魔品評会をご覧になりにアンリエッタ姫様が学園にいらっしゃるらしい。 そして走ったためかヅレるヅラ。 「滑りや…………何ニィィィ!!!」 一発ギャグを狙っていたタバサ驚愕。少なくとも王族がやるリアクションではない。 つまりはそれほど驚愕だったわけで。 コルベール先生の頭には2323した 毛 が 生 え て い た 。 どうやらBALLSにぷちぷちと植えさせたらしい。多芸よね。 とりあえずBALLSには身体を磨いておくように命令した。 使い魔品評会 姫様が学園にいらした。あ、私の婚約者のワルド様もいる。 使い魔品評会の会場の設営はBALLSまかせだ。発表の台上で起きたことは背後の大型テレビジョンに映されるらしい。 とりあえず使い魔発表会はグランパの持ってた秘蔵の『でーぶいでー』というのをモニターに流した。 内容は雪山に閉じ込められた士官学校生徒が少ない食料をめぐってバトルロイヤルする話だった。最後にはゴーレムまで持ち出してた。 技術的にはすごいんだろうが、すこぶる不評だった。俳優や展開が悪く癇に障るとのこと。 姫様のコメント:ペンギンはシブカワイかったですね。無難なコメントです。 子爵のコメント:すごいよアニメ!君はいつかやってくれる子だと思っていたよ!無理に褒めてくれなくて良いです。 その夜 姫様が私の部屋をこっそりと尋ねてこられた。 「ようこそこんなむさくるしいところにいらっしゃいました」 所狭しと電子レンジ、サンドバッグ、ツインファミコン、ガンパレ攻略本、アタッシュケースなどなど並んでてほんとにむさ苦しかった。 とりあえず冷蔵庫からこーらをお出しする。 ひたすらに珍しがられていた。私も毎日珍しいです。 どうやら姫様は愚痴を言いに来たのと、密かにアルビオンの王子が持つ手紙を取り返してほしいらしい。 クイクイ ん?なによ? クイクイ BALLSが何かガラス盤と文字盤が合体した箱を持ってきた。 ポ~~ン アルビオンにいるウェールズ皇太子と通信がつながりました。 箱のガラス版に映し出されたのはウェールズ王子そのひとだった。 うはっwwwアンタラそんなこともできちゃうの!? そこからはもう愁嘆場でした。 亡命するしないで引き合ったり、愛している愛していないでもめたり、姫様号泣したり。 どっちにしても飛車角金銀歩をとられて王手されてるようなものなので、脱出もままならずどうしようもないそうだ。 却って残酷なことしちゃったかな? 王子様なんとかならない?とグランパに聞いたら無理ではないとのこと。 なんとかなるんですかそうですか。 グランパ曰く、なんとかなるではなくなんとかするのだとのこと。 つまりなんとかするなら私もアルビオンへ行く必要があるのだと。 見も知らぬ誰かのために血を流す覚悟はあるのかということだ。 わかりました、女ルイズ、一肌脱ぎましょう。 (少なくとも手紙は直に回収する必要があるみたいだし。) 姫様には思いっきり抱きつかれて頼まれた。 国とか王女とか関係なしにやらねばならないだろう。友達だから。 でも、立ち聞きしてたギーシュは正直足手まといだと思った。この時は、だが。 この時点でまさかギーシュが勝利の鍵になろうと予想していたのは、OVERSぐらいしかいなかっただろう。 え?グランパもわかってたの? 次の日 いざ、アルビオンへ! 空中大陸へ行くため、BALLSたちが船を調達してきました。 ………………………………おでれーた。 どうも昨晩姫さまが来た後、一晩の突貫作業で作り上げたらしい。 一晩しかなかったので小型ですまないとのこと。充分でかいよ。 ちゃんと最低限の武装もしているらしい。 操舵士を紹介された。こないだのメイドだ。 家訓とやらで髪をピンクに染めたメイドはシエスタ・カトー・タキガワ5世と名乗った。 なんでも彼女のひいおじいさんがグランパの戦友なんだそうだ。相当に有能な竜騎士だったらしい。 彼女の家系はえんじんがついてるものならなんだって動かせるお家芸を持ってるそうだ。 グランパってかなり年上だったのね 250歳近いんだそうだ。すごっ デルフリンガーは6000歳だけどあんまりすごさを感じないのはどうしてだろ? 私は艦長席に座ることになった。 この座ると90度回転する椅子はデフォルトらしい。 目の前にある机やガラス板のおかげで前が良く見えないのが玉に瑕だ。BALLSなだけに。 艦長席は私の身体に合わせた設計ではないらしい。 グランパはBALLSと連絡取ってるので航海長席。 シエスタはもちろん操舵士席。 ヴェルダンデは耳が良いので水測長席。 ギーシュはやることないんで飛行長席。 他の席にはBALLSがかじりついている。 でもモグラに負けてるギーシュってどうよ? ぷろぺらを回して発進するヴァリエール1号。 ふと窓の外を見るとグリフォンに乗ったワルド子爵が追いかけてきていた。 婚約者をわざわざ見送りに来てくれたのね。 ワルド様がどんどんと小さくなっていった。この船早いのね。 ワルド様が手を振っている。私も手を振り返した。 アルビオンへ向けて出航しました!!! 前ページ次ページ超1級歴史資料~ルイズの日記~